塔の最上階
ゴォォォォォン――。
塔全体が激しく震える。
ノアとルクスの《心鏡》から溢れた光は天井を貫き、一つの巨大な光柱となって最上階まで伸びていた。
アルバは静かに目を閉じる。
「始まったのですね。」
「創世の日から続く、最後の答え合わせが。」
鏡の中。
そこは創世以前の世界だった。
大地も空も存在しない。
無限に広がる白い空間。
二人の青年が向かい合っている。
一人は若き日のルクス。
もう一人は若き日のノア。
姿は今と変わらない。
違うのは、その瞳だけだった。
若きルクスの瞳には揺るぎない理想が宿り、若きノアの瞳には未来への迷いがあった。
『まだ間に合う。』
ルクスが静かに口を開く。
『世界を創る前なら、全てをやり直せる。』
『争いも。』
『死も。』
『悲しみも存在しない完全な世界を。』
ノアはゆっくり首を横へ振る。
『完全な世界では。』
『人は生きられない。』
『なぜだ。』
『苦しみがあるから笑える。』
『別れがあるから出会いを大切にできる。』
『未完成だから未来を願える。』
『それが命です。』
ルクスは悲しそうに笑った。
『だから私は、お前と袂を分かった。』
現実世界。
シオン達は鏡を見守ることしかできない。
ルナリアが不安そうに呟く。
「二人とも苦しそう。」
アルバは静かに頷いた。
「兄弟だからです。」
「誰よりも互いを理解していた。」
「だからこそ。」
「最後まで譲れなかった。」
鏡の中で、ルクスが剣を抜く。
「なら証明しよう。」
「どちらの未来が正しかったか。」
ノアも静かに剣を構えた。
「ええ。」
「ですが。」
「もう勝敗を決めるためではありません。」
「兄として。」
「あなたへ答えを届けます。」
二人が同時に地を蹴る。
剣と剣が交差する。
金属音は鳴らなかった。
二人の剣は互いを傷付けるためではなく、互いの記憶へ触れるようにぶつかり合う。
創世の日。
世界が生まれた瞬間。
七柱と笑い合った日々。
別れの日。
全ての記憶が光となって溢れ出す。
ノアは剣を下ろした。
「見てください。」
「兄さん。」
ルクスの前へ、一つの景色が映し出される。
シオン達が笑っている。
ルナリアが泣いている。
ヴォルグが豪快に笑い、アリアが呆れながらも笑顔を浮かべる。
子ども達が走り回り、人々が未来を語り合う。
誰もが未完成で。
誰もが幸せそうだった。
「これが。」
「あなたが守ろうとした世界です。」
ルクスはその景色を黙って見つめていた。
やがて小さく笑う。
「……綺麗だ。」
「完璧ではない。」
「だが。」
「誰も空を諦めていない。」
ノアも笑った。
「ええ。」
「だから私は。」
「この未来を選びました。」
長い沈黙が流れる。
ルクスはゆっくりと剣を納める。
「負けたよ。」
その一言と同時に、鏡が黄金色の光へ包まれた。
「兄さん……。」
「いや。」
ルクスは穏やかに首を横へ振る。
「勝ち負けではない。」
「私も。」
「ようやく、お前と同じ景色が見えた。」
兄弟は静かに歩み寄る。
そして数万年ぶりに、互いの肩へ手を置いた。
「長かったな。」
「本当に。」
「長かったですね。」
二人は笑った。
その笑顔に、もう迷いはなかった。
現実世界。
二枚の《心鏡》が同時に砕け散る。
ノアとルクスがゆっくり目を開く。
シオンは笑顔で迎えた。
「おかえり。」
ルクスは少し照れ臭そうに笑う。
「ああ。」
「ただいま。」
ノアも静かに頭を下げる。
「お待たせしました。」
その瞬間、二人の足元へ最後の黄金の紋章が刻まれる。
《未来への継承》。
《過去との和解》。
七つの紋章が塔全体へ浮かび上がり、巨大な円陣を描いた。
ゴォォォォォン――。
創世の塔が今までで最も大きく鳴動する。
塔の最上階から一本の光が降り注ぎ、七人を優しく包み込んだ。
アルバは深く頭を下げる。
「おめでとうございます。」
「始祖エイン様が残した七つの試練。」
「すべて突破されました。」
セレスも剣を胸へ当て、一礼する。
「本日より皆様は。」
「創世の塔へ立ち入る資格を持つ者。」
「《創世の継承者》です。」
塔の最奥で、今まで固く閉ざされていた巨大な純白の扉がゆっくりと開き始める。
扉の向こうから溢れる光は、今までとは比べものにならないほど暖かく、どこか懐かしかった。
アルバはその光を見つめ、静かに微笑む。
「始祖エイン様が。」
「皆様を待っています。」
シオンは仲間達を見渡した。
誰一人欠けることなく、全員がここまで辿り着いた。
一人では開けなかった扉。
仲間と共に歩いたからこそ届いた場所。
シオンはゆっくりと一歩を踏み出す。
「行こう。」
「始祖が残した、本当の未来へ。」
七人は並んで歩き始める。
その先で待つものが希望か、それとも世界の真実か。
まだ誰も知らない。
しかし、その答えはもうすぐ目の前にあった。




