星見の約束
黒い咆哮が草原を震わせる。
終焉の残滓は漆黒の巨獣へ姿を変え、空を覆うほど巨大な腕をシオンへ振り下ろした。
轟ッ!!
地面が爆ぜる。
シオンは横へ跳び、衝撃を紙一重でかわす。
砕けた岩が雨のように降り注ぐ中、レオニクスが駆け抜けた。
「シオン!」
「道を開ける!」
銀閃。
一直線に放たれた斬撃が巨獣の腕を切り裂く。
しかし切断された腕は黒い霧へ変わり、瞬く間に再生した。
「再生速度が速い!」
アリアは後方から短剣を投げ放つ。
三本の刃が胸部へ突き刺さる。
だが核は見えない。
「胸にもない!」
ヴォルグが大地を蹴る。
「なら頭ごと潰す!」
巨大な拳が怪物の顔面へ叩き込まれた。
轟音と共に怪物は大きく仰け反る。
それでも倒れない。
黒い霧が身体を覆い、傷がゆっくり塞がっていく。
「チッ!」
ヴォルグが舌打ちする。
「核がどこにもねぇ!」
ノアは黒い霧を見つめながら息を呑んだ。
「違う……。」
「核は怪物じゃありません。」
「リシアさんです!」
全員の動きが止まる。
黒い怪物は鎧。
その中心には苦しみ続けるリシアが囚われている。
「つまり。」
シオンが低く呟く。
「怪物を倒したら駄目なんだな。」
「はい!」
「リシアさんを傷付ければ、《ロスト》達の魂も消滅します!」
救うしかない。
それが唯一の答えだった。
「だったら。」
シオンは剣を鞘へ納める。
ヴォルグが驚く。
「おい!」
「武器をしまってどうする!」
「この戦い。」
シオンは黒い怪物を真っ直ぐ見つめた。
「剣じゃ終わらない。」
そう言い残し、一人で怪物へ向かって走り出した。
「シオン!」
ルナリアの叫びが響く。
怪物の腕が再び振り下ろされる。
避けない。
真正面から飛び込み、腕へ飛び乗る。
黒い霧が全身を蝕む。
皮膚が焼けるように痛む。
それでも足を止めない。
腕を駆け上がり、肩を越え、頭部へ飛び移る。
怪物が暴れ狂う。
シオンは振り落とされそうになりながらも、黒い霧の中心を探し続けた。
「どこだ……!」
その時だった。
胸の奥から微かな歌声が聞こえる。
優しく。
温かく。
どこか懐かしい旋律。
「この歌……。」
ステラが涙を流す。
「お姉ちゃん……。」
歌っていた。
怪物の中心で。
リシアが今も、幼いステラへ歌っていた子守歌を。
シオンは迷わずその声へ向かって走る。
黒い霧を掻き分ける。
その先で、小さく膝を抱えて泣いているリシアを見つけた。
鎖が全身へ巻き付き、黒い棘が身体を貫いている。
それでも彼女は歌い続けていた。
「……リシアさん。」
リシアはゆっくり顔を上げる。
「どうして……来たの。」
「助けに来た。」
「無理よ。」
彼女は寂しそうに笑う。
「私はもう。」
「終わった命だから。」
「違う。」
シオンは迷わず鎖へ手を伸ばす。
黒い棘が腕へ突き刺さる。
激痛が走る。
それでも掴む力は緩めない。
「終わった命なら。」
「こんなに苦しまない。」
「まだ生きたいって思ってるから。」
「違うか。」
リシアの瞳から涙が溢れる。
「私は……。」
「まだ。」
「ステラと。」
「一緒にいたい……。」
その本音が零れた瞬間だった。
花畑全体が眩く輝き始める。
枯れていた星花が、一輪、また一輪と再び咲き始めた。
ステラは涙を拭い、両手を胸の前で重ねる。
「お願い。」
「世界。」
「お姉ちゃんを返して。」
少女の祈りに応えるように、星花から無数の光が舞い上がる。
その光は草原を埋め尽くし、黒い怪物を優しく包み込んだ。
終焉の残滓が苦しげな声を上げる。
「馬鹿な!」
「星の民が!」
「私へ逆らうだと!」
ルクスは静かに目を閉じる。
「違う。」
「逆らっているんじゃない。」
「世界が。」
「命を選んだだけだ。」
シオンは最後の一本となった黒い鎖を力いっぱい引き千切る。
パキィンッ!!
鎖が砕け散る。
リシアの身体を覆っていた黒い霧が一気に晴れ、柔らかな銀色の光が溢れ出した。
「ステラ……。」
「お姉ちゃん!」
少女は涙を流しながら駆け出す。
二人の距離が、ゆっくりと縮まっていく。
しかし、その背後では終焉の残滓が最後の力を振り絞り、巨大な黒い槍を生み出していた。
狙いは――。
無防備なステラだった。




