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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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見えない足跡

「やっと来てくれた。」


少女の声は、風へ溶けるように優しかった。


その場にいた全員が息を呑む。


今度は幻ではない。


確かにそこに立ち、こちらを見つめて微笑んでいる。


白いワンピースが草原の風に揺れ、雪のような長い髪が朝日に照らされて淡く輝いていた。


シオンは一歩前へ出る。


「君は……誰なんだ。」


少女は首を傾げ、小さく笑う。


「名前。」


「忘れちゃった。」


「忘れた?」


「うん。」


少女は困ったように頬へ指を当てた。


「気付いたら、一人だったから。」


その笑顔とは裏腹に、どこか寂しさが滲んでいた。


ルナリアが優しく尋ねる。


「ずっとここにいたの?」


少女は静かに頷く。


「ずっと。」


「どれくらい?」


「分からない。」


「昨日かもしれない。」


「百年かもしれない。」


「もっと前かもしれない。」


時間という概念が曖昧なのだろう。


ノアが静かに少女を見つめる。


「……やはり。」


「間違いありません。」


シオンが振り返る。


「星の民か。」


「はい。」


「ですが。」


ノアは少しだけ表情を曇らせた。


「本来、星の民は言葉を話しません。」


「え?」


「彼らは世界の意思を伝える存在。」


「個人として感情を持つことはないはずなんです。」


その言葉を聞いた少女は、少しだけ俯いた。


「私は……違うの。」


「みんな眠っちゃった。」


「だから。」


「私だけ起きてる。」


ルクスが目を細める。


「みんな?」


少女は広大な花畑を見渡した。


「ここ。」


「この花。」


「全部、お友達。」


風が吹く。


蒼白い星花が一斉に揺れ、鈴の音のような澄んだ音色が草原へ響き渡る。


その音を聞いた瞬間、シオンの胸が熱くなった。


どこか懐かしい。


この音を知っている。


しかし、思い出せない。


少女は一輪の星花を優しく撫でた。


「昔は。」


「いっぱいお話したの。」


「毎日笑ってた。」


「でも。」


「ある日から。」


「誰も返事をしてくれなくなった。」


ルナリアは胸が締め付けられる思いだった。


「ずっと一人だったんだね。」


少女は笑顔のまま頷く。


「でも寂しくないよ。」


「みんな眠ってるだけだから。」


その笑顔が痛々しかった。


シオンは少女の前まで歩いていく。


「君。」


「名前がないって言ったよな。」


「うん。」


「なら。」


シオンは少し考え、それから優しく笑った。


「今日から”ステラ”って呼んでもいいか。」


少女は目を丸くする。


「……ステラ?」


「星って意味だ。」


「君にぴったりだと思う。」


少女は何度もその名前を口にした。


「ステラ……。」


「ステラ。」


「私。」


「ステラ。」


次第にその瞳へ涙が溜まっていく。


「名前……。」


「初めて。」


「もらった。」


ルナリアも自然と笑顔になった。


「可愛い名前。」


アリアも頷く。


「似合ってる。」


ヴォルグは照れ臭そうに鼻を掻いた。


「シオンにしてはセンスあるじゃねぇか。」


「どういう意味だ。」


「もっと変なの付けるかと思った。」


「失礼だな。」


思わず全員が笑う。


その笑い声を聞いたステラも、小さく笑った。


その瞬間だった。


ドクン――。


花畑全体が一度だけ大きく脈打つ。


風が止まる。


空気が変わった。


ステラの笑顔が消える。


「……来る。」


シオンの表情が引き締まる。


「何が。」


ステラはゆっくりと草原の奥を見つめた。


「私を。」


「迎えに。」


その直後。


花畑の遥か向こうで、大地が黒く染まり始める。


蒼白く輝いていた星花が、一輪、また一輪と枯れていく。


生命の光が消えていくように。


静かに。


確実に。


レオニクスは即座に剣を抜いた。


「敵だ。」


アリアも短剣を構える。


「数が多い。」


ヴォルグが拳を鳴らす。


「久しぶりの仕事だな。」


しかしノアだけは険しい表情で立ち尽くしていた。


「違う……。」


「魔物じゃない。」


「これは。」


「世界の傷痕から漏れ出した……。」


黒い霧の中から、ゆっくりと無数の人影が現れる。


騎士。


魔導士。


獣人。


老人。


子ども。


種族も姿も違う。


ただ一つだけ共通していた。


全員の瞳が漆黒に染まり、生気を失っている。


ルクスは静かにその光景を見つめ、小さく呟いた。


「……《ロスト》。」


シオンが振り返る。


「ロスト?」


「世界の崩壊で。」


「帰る場所を失った魂達だ。」


無数の《ロスト》が、ゆっくりと花畑へ歩き始める。


その先にいるステラだけを見つめながら。


少女は小さく震え、シオンの服をぎゅっと掴んだ。


「怖い……。」


その一言を聞いたシオンは、迷うことなく彼女の前へ立つ。


《ECLIPSE》はもうない。


それでも右拳を握り締め、仲間達へ静かに告げた。


「この子は。」


「俺達が守る。」


夕暮れではなく。


朝日が昇る草原で。


新世界最初の戦いが、静かに幕を開けようとしていた。

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