星花の丘
「……消えた。」
誰よりも先に口を開いたのはルナリアだった。
少女が立っていた場所には、もう誰の姿もない。
ただ朝風が草原を優しく揺らしているだけだった。
ヴォルグが頭を掻く。
「幻じゃねぇのか?」
「いや。」
シオンは静かに首を横へ振る。
「全員見てた。」
レオニクスも頷く。
「俺も確認した。」
「実体があった。」
アリアは少女が立っていた場所まで歩き、ゆっくりと膝をつく。
草を掻き分け、土を指先でなぞる。
「……変。」
「何が?」
ルナリアが隣へしゃがみ込む。
「足跡がない。」
「え?」
「さっきまで立っていた場所なのに、一歩も踏んだ形跡がない。」
シオン達も周囲を確認する。
確かに少女はそこに立っていた。
それなのに草は一本も倒れておらず、土にも足跡は残っていない。
ノアが小さく息を呑んだ。
「星の民……。」
シオンが振り返る。
「知ってるのか?」
「伝承だけです。」
ノアは慎重に言葉を選びながら続ける。
「新世界には、人でも魔物でもない存在がいると言われています。」
「世界そのものから生まれた命。」
「彼らは《星の民》と呼ばれていました。」
ヴォルグが腕を組む。
「つまり精霊みたいなもんか。」
「少し違います。」
ルクスが口を開く。
「精霊は自然から生まれる。」
「だが星の民は。」
「世界の記憶から生まれる存在だ。」
静かな風が草原を吹き抜ける。
シオンはもう一度、少女が消えた場所を見つめた。
胸の奥に、不思議な懐かしさが残っている。
「初めて会った気がしない。」
ルナリアも小さく頷いた。
「私も。」
「なんだか昔から知ってる人みたいだった。」
ノアは少し驚いたような表情を浮かべる。
「二人とも……感じたんですね。」
「何を?」
「星の民は。」
「世界へ認めた者の前にしか姿を現さないと言われています。」
シオンは苦笑する。
「認められた覚えはないけどな。」
「向こうは違ったみたいですよ。」
ノアも穏やかに笑った。
その時だった。
ふわり、と風が舞う。
一枚の花びらがシオンの肩へ落ちた。
淡い蒼色。
光を宿したように輝く、小さな花びらだった。
「これ……。」
ルナリアがそっと拾い上げる。
花びらは温かかった。
まるで誰かの体温が残っているような、不思議な温もり。
「星花だ。」
ノアが静かに呟く。
「でも、まだ朝ですよ?」
「星花は夜しか咲かないんじゃ……。」
ルナリアが首を傾げる。
ノアも困惑していた。
「そのはずです。」
「昼間に咲くなんて記録はありません。」
シオンは花びらを見つめる。
その瞬間、花びらが淡く輝き始めた。
一筋の光が空へ伸びる。
その光は草原の奥へ向かって真っ直ぐ続いていた。
「道……?」
レオニクスが目を細める。
「誰かが案内している。」
ヴォルグが笑う。
「さっきの嬢ちゃんか。」
アリアは少し警戒したまま光を見つめる。
「罠って可能性もある。」
「ある。」
シオンは頷く。
「でも。」
「行かなきゃ後悔する気がする。」
ルナリアは迷わずシオンの隣へ立った。
「私は行く。」
「シオンが信じるなら。」
レオニクスは剣を背負い直す。
「異論はない。」
「先頭は俺が歩こう。」
「なら。」
ヴォルグが拳を鳴らす。
「後ろは俺が守る。」
「本当に頼もしいわね。」
アリアは小さく笑い、短剣を腰へ収めた。
「じゃあ私は横。」
「いつも通りね。」
全員の視線が自然とシオンへ集まる。
シオンは光の道を見つめ、小さく息を吸った。
「行こう。」
「星花が導く先へ。」
七人は草原の奥へ歩き始める。
光の道は風に揺れながら、丘の向こうへと続いていた。
そして、その丘を越えた瞬間――。
全員が思わず息を呑む。
目の前に広がっていたのは、一面を埋め尽くす蒼白い花畑だった。
昼間であるにもかかわらず、何万、何十万という星花が夜空の星のように輝いている。
風が吹くたび、花々は優しく揺れ、まるで世界そのものが歓迎しているかのようだった。
その花畑の中央で。
先ほどの白い少女が振り返り、今度ははっきりと微笑んだ。
「やっと来てくれた。」
その声は、確かに全員の耳へ届いた。




