新たな旅路
街の門がゆっくりと開く。
重厚な木製の扉が軋み、朝日が外の大地を黄金色に照らしていた。
シオンは門の前で一度だけ振り返る。
石造りの家々。
煙突から昇る白い煙。
市場へ向かう人々。
子どもたちの笑い声。
守り抜いた日常が、そこにはあった。
「行ってくる。」
小さく呟く。
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
始祖へ。
クロノスへ。
それとも、この世界そのものへ。
「必ず帰ってくる。」
その言葉を残し、シオンは門の外へ足を踏み出す。
ルナリアも静かに隣へ並ぶ。
「少し緊張するね。」
「未知の大陸だから?」
「ううん。」
彼女は優しく笑った。
「今度は誰かを倒すためじゃなくて、新しい未来を探しに行く旅だから。」
シオンも笑う。
「確かに。」
「こんな旅は初めてだ。」
その後ろではヴォルグが大きく伸びをしていた。
「空気がうめぇ!」
「街の外ってだけでこんな違うのか!」
「静かにして。」
アリアが額へ手を当てる。
「朝から叫ばない。」
「元気なのはいいことだろ!」
「近所迷惑よ。」
「近所ねぇぞ。」
「そういう問題じゃない。」
そのやり取りを見て、レオニクスが小さく笑う。
「ようやく、本来のヴォルグに戻ったな。」
「戦いばっかだったからな。」
ヴォルグは照れ臭そうに鼻を掻く。
「これくらいが俺だ。」
その言葉に全員が笑った。
ノアは少し離れた場所から地図を広げる。
「ここから北東へ三日。」
「渓谷を越えると《星見の草原》があります。」
「そこを抜ければ、新大陸エデン・ノヴァへの入口です。」
ルクスが空を見上げた。
「結界は?」
「まだ安定しています。」
「ですが長くは保ちません。」
ノアの表情が少しだけ曇る。
「創世の塔へ到着するまで、およそ十日。」
「それまでに世界の傷痕が広がれば、大陸そのものが閉ざされる可能性があります。」
レオニクスが真剣な表情になる。
「時間との勝負か。」
「ええ。」
ノアは静かに頷いた。
「ですが急ぎ過ぎれば、この世界を見落とします。」
シオンは不思議そうに首を傾げた。
「どういうことだ?」
ノアは微笑む。
「創世の塔は急ぐ者を拒みます。」
「未来だけを見る者も。」
「過去だけを見る者も。」
「大切なのは。」
「今を知ることです。」
その言葉を聞いたルナリアが嬉しそうに笑う。
「じゃあ寄り道もできる?」
「もちろんです。」
「旅とは。」
「目的地だけを目指すものではありません。」
ヴォルグが大きく笑う。
「いい旅になりそうだ!」
「だから食べ歩きが目的にならないで。」
アリアが即座に釘を刺す。
「え?」
「図星ね。」
また笑いが起こる。
その空気を壊すように、一羽の白い鳥が空から舞い降りた。
鳥はシオンの肩へ止まると、小さな銀色の羽を一枚落とした。
「これは……。」
羽へ触れた瞬間、淡い光が広がる。
『未来は、お前達に託した。』
聞こえたのはエインの声だった。
続いて、懐かしい笑い声が重なる。
『迷ったら空を見ろ。』
クロノスだった。
『答えはいつも、その先にある。』
声はそこで途切れ、羽は無数の光となって風へ溶けていく。
シオンは空を見上げた。
どこまでも高く、青い空。
その先にはもう神はいない。
世界を導く絶対の存在もいない。
だからこそ、この空は誰のものでもなく、すべての命のものだった。
シオンは仲間たちへ向き直る。
「行こう。」
「創世の塔へ。」
「そして。」
「この世界の未来を見つけよう。」
「もちろん!」
ルナリアが笑顔で頷く。
「最後まで付き合うわ。」
アリアが短剣を腰へ差し直す。
「退屈しない旅になりそうね。」
レオニクスは静かに剣を背負う。
「ならば先頭は任せろ。」
ヴォルグは豪快に拳を握った。
「魔物でも山でもまとめてぶっ飛ばしてやる!」
「だから壊さないで。」
「努力する!」
ノアとルクスは顔を見合わせ、小さく笑った。
朝日を背に受けながら、一行は新世界への街道を歩き始める。
その背中を、街の人々が静かに見送っていた。
誰も知らない未来。
誰も歩いたことのない道。
しかし、その道には確かな希望があった。
こうして――
最後の観測者の新たな旅は、本当の意味で始まった。
その先で待つ創世の塔。
そして、世界誕生の最後の真実へ向かって。




