再会
食堂の扉が静かに閉まる。
旅人はゆっくりと店内へ足を踏み入れた。
白いローブは長旅を物語るように砂埃をまとい、深く被ったフードが顔を隠している。
客たちは少しだけ視線を向けたが、すぐに食事へ戻っていった。
この世界では旅人など珍しくない。
だが、シオンだけは違った。
胸の奥がざわつく。
消えたはずの観測者の紋章が、一瞬だけ脈打った。
「……誰だ。」
小さく呟く。
旅人はシオンの前まで歩いてくると、静かに頭を下げた。
「初めまして。」
「……いや。」
シオンは首を横へ振る。
「どこかで会った気がする。」
旅人は少しだけ笑った。
「その感覚は、間違っていません。」
「ですが。」
「今は思い出せなくて当然です。」
レオニクスが静かに立ち上がる。
「君は何者だ。」
旅人は敵意のない笑みを浮かべたまま答える。
「ただの旅人です。」
「その割には。」
アリアが腰の短剣へ手を添える。
「普通じゃない気配ね。」
「鋭いですね。」
旅人は苦笑した。
「暗殺者は苦手です。」
「質問に答えて。」
「もちろん。」
旅人はゆっくりとフードへ手を掛ける。
「ですが。」
「驚かないでください。」
フードが外される。
銀色の長髪。
透き通る青い瞳。
年齢はシオンたちと変わらない青年だった。
その姿を見た瞬間。
ルクスだけが目を見開く。
「……まさか。」
青年は静かに頭を下げる。
「久しぶりですね。」
「ルクス。」
食堂の空気が止まる。
シオンは隣にいたルクスを見た。
「知り合いか?」
ルクスは珍しく言葉を失っていた。
やがて小さく息を吐く。
「知り合い……ではない。」
「兄弟だ。」
全員が息を呑む。
「兄弟!?」
ヴォルグが思わず立ち上がる。
「お前に兄弟なんかいたのか!」
ルクスは静かに頷く。
「血は繋がっていない。」
「だが。」
「創世以前から共に存在していた。」
青年は穏やかに笑う。
「正式には。」
「私達は”世界の案内人”です。」
「案内人?」
シオンが首を傾げる。
青年は椅子へ腰掛けると、店主へ軽く頭を下げた。
「温かい紅茶を一杯。」
「お、おう。」
店主も圧倒されながら紅茶を用意し始める。
青年は一口飲み、満足そうに息を吐いた。
「美味しい。」
「これが。」
「命が作る味なんですね。」
ルクスは苦笑した。
「昔のお前なら。」
『味に意味はない。』
そう言っていただろ。」
「変わりました。」
青年も笑う。
「世界を歩いて。」
「少しだけ。」
「命を好きになれました。」
シオンは腕を組む。
「で。」
「結局誰なんだ。」
青年は真っ直ぐシオンを見る。
「申し遅れました。」
「私の名は。」
「ノア。」
その名を聞いた瞬間。
ルクスは静かに目を閉じた。
「やはり生きていたか。」
ノアは苦笑する。
「あなた達が世界を救ってくれましたから。」
「私は役目を終えられました。」
シオンは興味深そうに身を乗り出す。
「役目?」
「はい。」
ノアはカップを置いた。
「私は。」
「新しい世界が生まれる度に。」
「次の世界へ歴史を運ぶ存在です。」
レオニクスが目を細める。
「つまり。」
「歴史の管理者か。」
「管理者ではありません。」
ノアは首を横へ振る。
「記録もしません。」
「私は。」
「未来へ希望だけを運びます。」
その言葉に、シオンの胸が僅かに熱くなる。
「だから。」
「ここへ来たのか。」
「ええ。」
ノアは頷いた。
「新世界が始まりました。」
「ですが。」
「まだ終わっていない。」
食堂の空気が再び張り詰める。
ルナリアが不安そうに尋ねた。
「何が……?」
ノアは窓の外を見る。
子ども達が笑いながら走っている。
平和な景色。
その光景を優しく見つめながら、静かに口を開いた。
「世界は救われました。」
「ですが。」
「救われたことで目覚める存在もいます。」
シオンの表情が変わる。
「……敵か。」
「敵ではありません。」
「ただ。」
「新世界を望まない者達です。」
アリアの目が鋭くなる。
「つまり。」
「また戦いが始まるの?」
ノアはすぐには答えなかった。
代わりに懐から一枚の古びた地図を取り出し、テーブルへ広げる。
そこには誰も見たことのない巨大な大陸が描かれていた。
第五百世界にも。
新世界にも存在しなかった未知の大地。
地図の中央には、一つだけ名前が刻まれている。
《エデン・ノヴァ》
ノアは静かにその名前を指差した。
「ここが。」
「新世界編の始まりです。」
シオン達は誰も言葉を発しなかった。
平和は終わっていない。
だが、その先にはまだ誰も知らない世界が広がっている。
新たな時代は。
新たな冒険と共に、静かに幕を開けようとしていた。




