還る場所
「シオン……!」
ルナリアは涙を零しながら駆けてくる。
風を切り、転びそうになりながらも足を止めない。
シオンも気付けば走り出していた。
二人の距離が縮まる。
あと十歩。
五歩。
一歩。
次の瞬間、ルナリアは勢いよくシオンへ抱きついた。
「っ……!」
細い腕が背中へ回される。
小さな身体が震えている。
シオンは一瞬だけ驚き、それから静かに彼女を抱き締め返した。
「……ただいま。」
その一言だけだった。
ルナリアは何度も首を横へ振る。
「遅い……。」
嗚咽交じりの声だった。
「本当に……遅すぎるよ。」
「ごめん。」
「心配したんだから。」
「うん。」
「毎日。」
「うん。」
「帰ってくるって信じてた。」
シオンは何も言えなかった。
ただ彼女の温もりを確かめるように、少しだけ抱き締める力を強くした。
生きている。
夢じゃない。
幻でもない。
確かな鼓動が、腕の中で静かに伝わってくる。
ルナリアが涙を拭きながら少しだけ顔を離した。
「……怪我。」
「もう治ってる。」
「嘘。」
彼女はシオンの頬へそっと触れる。
「顔色が悪い。」
「寝不足かな。」
「絶対違う。」
少し怒ったような顔をする。
その表情が可笑しくて、シオンは思わず笑ってしまった。
「笑わないで。」
「いや。」
「その顔見たら安心した。」
「もう。」
ルナリアは困ったように笑う。
その笑顔を見た瞬間、シオンは胸の奥で張り詰めていた何かが完全にほどけていくのを感じた。
守れた。
本当に守れた。
その時だった。
「おい。」
どこか呆れた声が聞こえる。
「再会の邪魔をする気はないが。」
「そろそろ俺達のことも思い出してくれないか。」
シオンが振り向く。
街の門の前には、見慣れた仲間たちが並んでいた。
先頭に立つレオニクスは腕を組みながら苦笑している。
その隣ではアリアが小さく息を吐いた。
「相変わらず女の子を泣かせるのだけは得意ね。」
「いや、今回は俺のせいじゃ……。」
「全部あなたのせい。」
即答だった。
その横でヴォルグが豪快に笑う。
「ガハハハハッ!」
「生きてやがったか!」
「この馬鹿野郎!」
ドスンッ!
大きな拳がシオンの肩へ落ちる。
思わずよろけるほど重い一撃だった。
「痛っ!」
「それだけ動けるなら元気だな!」
「普通に死ぬかと思ったぞ。」
「加減しろ!」
「加減した。」
「嘘つけ!」
周囲から笑い声が上がる。
アリアは肩を竦めた。
「本当に騒がしい人。」
「でも。」
彼女は少しだけ微笑んだ。
「帰ってきてくれてよかった。」
レオニクスも静かに歩み寄る。
「おかえり。」
その短い一言に、シオンは思わず目を伏せた。
「……ただいま。」
レオニクスは右拳を差し出す。
シオンも拳を合わせた。
ゴツン、と小さな音が鳴る。
言葉はいらなかった。
互いに生きて再会できた。
それだけで十分だった。
少し離れた場所では、ルクスが静かにその光景を見守っている。
誰にも気付かれないよう、小さく微笑んでいた。
「良かったな。」
その声へエインの気配が重なる。
姿はもうない。
だが優しい声だけが風へ乗って届いた。
『これが、お前の望んだ世界だ。』
ルクスは小さく頷く。
「ああ。」
「命は。」
「やはり美しい。」
その時、ヴォルグが急にシオンの肩へ腕を回した。
「よし!」
「今日は宴だ!」
「酒だ!」
アリアが呆れた顔をする。
「昼間から?」
「当たり前だ!」
「今日は世界が助かった日だぞ!」
「理由になってない。」
レオニクスも苦笑する。
「だが。」
「悪くない。」
ルナリアが嬉しそうに笑う。
「久しぶりに、みんなでご飯食べよう。」
「賛成。」
シオンも笑顔で頷いた。
「ああ。」
「腹減った。」
「戦いの後に最初に言うことがそれ?」
アリアが吹き出す。
「シオンらしい。」
仲間たちの笑い声が街へ響く。
誰も剣を抜いていない。
誰も空を警戒していない。
ただ笑い合い、歩いている。
そんな当たり前の日常が、何よりも尊かった。
シオンはゆっくりと青空を見上げる。
始祖。
クロノス。
七柱。
見えているか。
約束した未来は、ここにある。
穏やかな風が吹き抜ける。
その風はまるで、遠いどこかで誰かが優しく笑ったような温もりを運んできた。




