アビスの真実
轟音が虚無を震わせる。
アビスの全身へ刻まれた亀裂から、漆黒と純白、二つの光が激しく噴き上がった。
『……ぁ……。』
苦しげな声が漏れる。
その巨体は崩れようとしていた。
シオンは咄嗟に駆け出す。
「アビス!」
「行くな!」
エインが叫ぶ。
しかしシオンは止まらなかった。
「もう誰も一人にしない!」
《ECLIPSE》を握り締め、一直線にアビスへ飛び込む。
次の瞬間、黒い衝撃波が爆発した。
轟ッ!!
シオンの身体が弾き飛ばされる。
虚無を何度も転がりながら、それでも剣を突き立てて体勢を立て直した。
腕が震える。
足も痺れている。
それほどまでにアビスの暴走は凄まじかった。
ネメシスが歯を食いしばる。
「もう封じ込められない……!」
「どういうことだ!」
シオンが叫ぶ。
ネメシスは苦しそうにアビスを見つめた。
「あれはアビス自身の力じゃない。」
「アビスはずっと抑えていた。」
「終焉を喰らう”終焉”を。」
静寂が流れる。
シオンは言葉の意味を理解できなかった。
「終焉を……喰らう?」
エインが静かに頷く。
「命には終わりがある。」
「世界にも終わりがある。」
「だが、その終わりすら消し去る存在がいる。」
「それが原初の虚無の本能。」
シオンはアビスを見る。
巨大な身体は苦しそうに震え、漆黒の外殻が次々と剥がれ落ちていた。
その内側から現れたのは闇ではない。
眩しいほど純白の光だった。
「光……?」
ネメシスが静かに呟く。
「誰も知らない。」
「アビスの本当の姿だ。」
黒い外殻は鎧だった。
終焉を閉じ込めるため、自らへ纏い続けた封印。
何億年もの間。
誰にも知られず。
誰にも感謝されず。
ただ世界を守るためだけに。
シオンは息を呑んだ。
「お前……。」
アビスは苦しそうに笑う。
『知られたく……なかった。』
『私は……終焉だから。』
「違う!」
シオンは即座に否定した。
「お前は終焉じゃない!」
「世界を守り続けた英雄だ!」
その一言だった。
アビスの瞳が大きく揺れる。
『英雄……?』
「そうだ!」
「始祖も!」
「クロノスも!」
「ネメシスも!」
「みんな世界を守ってきた!」
「でも!」
「お前だけは誰にも知られなかった!」
「だから俺が言う!」
シオンは虚無へ響くほど大きな声で叫んだ。
「ありがとう!」
「本当にありがとう!」
「お前がいたから!」
「世界はここまで続いたんだ!」
静寂。
長い沈黙が流れる。
やがて。
アビスの頬を一筋の光が流れ落ちた。
涙だった。
漆黒ではない。
透き通るような銀色の涙。
『……ありがとう。』
その言葉と共に、黒い外殻が音を立てて崩れ落ちる。
虚無を覆っていた闇が少しずつ晴れていく。
エインは目を細めた。
「ようやく解放されたか。」
ネメシスは静かに涙を拭う。
「何億年も……一人で。」
「本当に、お疲れ様。」
アビスは穏やかな笑みを浮かべた。
その姿はもう恐怖の象徴ではない。
白銀の長髪を持つ青年。
深紅だった瞳は澄んだ蒼へ変わり、漆黒の翼も純白の光へ変わっていた。
シオンは思わず笑う。
「そっちの方が似合ってる。」
アビスも少し照れたように笑った。
『初めて言われた。』
その穏やかな時間を切り裂くように、虚無の最深部から世界を揺るがす咆哮が響く。
ゴォォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!!
アビスの身体から剥がれ落ちた黒い外殻が、一ヶ所へ集まり始める。
闇は渦となり、巨大な球体を形成していく。
ルクスの顔色が変わった。
「離れろ!」
「それは!」
エインが叫ぶ。
「アビスが封じ続けていた”終焉そのもの”だ!」
闇の球体が鼓動を始める。
ドクン。
ドクン。
世界群すべてが共鳴する。
シオンは《ECLIPSE》を強く握り締めた。
ここまでの戦いは序章だった。
本当の終焉は、今まさに産声を上げようとしている。




