命の答え
第一の試練が終わる。
砕け散った王都の光景は無数の光となって虚無へ溶け、シオンの足元には再び静かな闇だけが広がっていた。
ルクスは僅かに目を細める。
「仲間を信じたか。」
シオンは《ECLIPSE》を肩へ担ぐ。
「違う。」
「仲間に信じてもらってるって知ってた。」
「だから騙されなかった。」
ルクスは沈黙する。
「……信頼。」
「それも命の力か。」
「そうだ。」
「一人じゃ生まれない力だ。」
その言葉を聞いたエインは静かに微笑んだ。
「答えが変わったな。」
「昔のお前なら、『俺が守る』と言っていた。」
シオンは苦笑する。
「昔はそうだった。」
「でも今は違う。」
「俺が守るんじゃない。」
「みんなで守る。」
「だから世界は続く。」
ネメシスも小さく頷く。
「始祖が聞いたら喜ぶだろう。」
その瞬間。
ルクスが再び右手を掲げる。
「第二の試練。」
世界が反転した。
虚無が白く染まり、足元には一枚の鏡のような水面が広がる。
水面には無数の景色が映っていた。
泣いている子ども。
笑い合う家族。
戦場で剣を交える兵士。
恋人を抱き締める青年。
母親へ花を渡す少女。
数え切れない命の一瞬。
「これは……。」
シオンが息を呑む。
「全て。」
ルクスが静かに告げる。
「実在した命。」
水面が静かに揺れる。
映像が次々と変わっていく。
幼い少年が父を失い涙を流す。
飢えた母親が、自分の食事を子どもへ差し出す。
恋人を失った青年が、夜空へ向かって叫ぶ。
「命は苦しみ続ける。」
ルクスの声には感情がなかった。
「争う。」
「憎む。」
「奪う。」
「傷付ける。」
「それでも。」
「お前は命に価値があると言うのか。」
シオンは答えない。
映し出される人生を、一人ひとり見つめ続ける。
幸せだけではない。
理不尽もある。
絶望もある。
それでも誰も最後まで生きようとしていた。
一人の老人が病床で笑っていた。
「ありがとう。」
家族へそう言い残して静かに息を引き取る。
一人の母親が、生まれたばかりの赤ん坊を抱き締めて泣いていた。
「会いたかった。」
戦場では傷だらけの騎士が仲間を庇い、最後まで剣を離さなかった。
誰も特別な英雄ではない。
どこにでもいる人々。
それでも、それぞれの人生を必死に生きていた。
シオンは静かに目を閉じる。
「……ルクス。」
「何だ。」
「お前。」
「命の最後ばっかり見てきたんじゃないか。」
ルクスの瞳が僅かに揺れる。
「違うのか。」
「私は全てを見ている。」
「いや。」
シオンは首を横へ振った。
「見えてない。」
「え?」
シオンは一人の少女を指差した。
母親と笑いながら花畑を走っている。
その映像は一瞬だけだった。
次の瞬間には病で倒れ、命を落としてしまう。
「お前が見てるのは終わりだ。」
「でも俺が見てるのは。」
「その子が笑った時間。」
「お母さんと過ごした毎日。」
「友達と喧嘩したこと。」
「好きな人ができたこと。」
「全部だ。」
ルクスは言葉を失った。
シオンは静かに続ける。
「人生は最後だけじゃない。」
「死ぬ瞬間だけ見たら。」
「誰だって不幸に見える。」
「でも。」
「生きてきた時間全部を見れば。」
「その命が幸せだったかどうか分かる。」
エインが目を閉じる。
「……それが。」
「観測者。」
シオンは微笑む。
「違う。」
「人間なら当たり前だ。」
「一緒に生きた奴は。」
「最後だけじゃ判断しない。」
静寂が訪れる。
ルクスは足元の水面を見る。
そこには今まで無数の終焉しか映してこなかった。
始まりも。
途中も。
笑顔も。
何一つ見ようとしていなかった。
「私は……。」
ルクスが初めて迷いを見せる。
「命を。」
「見誤っていたのか。」
シオンは穏やかに笑う。
「だから。」
「今から見ればいい。」
「世界はまだ終わってない。」
その言葉が響いた瞬間、水面に映る無数の命が一斉に光り始めた。
泣いていた子どもも。
笑っていた老人も。
戦い続けた騎士も。
それぞれの人生が一本の光となり、シオンの背中へ集まっていく。
ルクスはその光景を見つめ、小さく呟いた。
「……美しい。」
その一言は、初めてルクス自身の感情から生まれた言葉だった。
しかし、その直後。
虚無全体へ轟音が響き渡る。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!
アビスの身体を覆っていた漆黒が激しく暴走し、巨大な亀裂が全身へ走る。
ネメシスが顔色を変えた。
「まずい!」
エインも《創世の剣》を構える。
「アビスが限界だ!」
シオンは《ECLIPSE》を握り直す。
ついに。
終焉そのものとの決着をつける時が訪れようとしていた。




