終焉の一撃
青年は静かに立っていた。
白い衣の裾が揺れている。
風など存在しないはずの虚無で、その姿だけが現実の法則に縛られることなく佇んでいた。
黄金の瞳は感情を映さない。
それでいて冷たさもない。
まるで世界そのものが意思を持ち、人の姿を借りているようだった。
シオンは《ECLIPSE》を構えたまま視線を逸らさない。
「お前が裁定者か。」
青年は小さく頷いた。
「その呼び名でも構わない。」
「私は何者でもない。」
「世界が存在する理由を見届ける者だ。」
「名前は。」
「不要だ。」
淡々と返される。
シオンは肩をすくめた。
「それじゃ呼びにくい。」
青年は少しだけ考えるように沈黙した。
「昔、エインは私をこう呼んだ。」
「……ルクス。」
エインが驚いたように目を見開く。
「その名を覚えていたのか。」
「忘れたことはない。」
ルクスは静かに答えた。
「お前だけは、私へ名前を与えた。」
ネメシスは信じられないものを見るようにエインへ視線を向けた。
「お前……知り合いだったのか。」
エインは苦笑する。
「知り合いというほどじゃない。」
「世界を創る前、一度だけ会った。」
シオンは二人を見比べる。
「何があった。」
エインはゆっくりと思い出すように話し始めた。
「私は世界を創ろうとしていた。」
「その時、彼は私へ言った。」
『命は必ず争う。』
『いずれ滅ぶ。』
『創る意味はない。』
ルクスは否定しなかった。
「事実だからだ。」
「違った。」
エインは穏やかに笑う。
「私は世界を見た。」
「ネメシスも。」
「始祖も。」
「七柱も。」
「そしてシオンも。」
「誰も無意味じゃなかった。」
ルクスは静かに目を閉じた。
「だから確認する。」
「命がお前の言うほど価値あるものか。」
シオンが一歩前へ出る。
「それで試練か。」
「そうだ。」
ルクスは右手をゆっくり掲げる。
その動作には一切の無駄がない。
指先が軽く動いただけだった。
しかし。
シオンの目の前から景色が消えた。
「……!」
気付けば第五百世界の王都に立っている。
空は青い。
崩壊など起きていない。
市場には笑い声が響き、子どもたちが走り回っている。
シオンは呆然と辺りを見回した。
「これは……。」
「幻ではない。」
ルクスの声だけが空へ響く。
「可能性の一つだ。」
その時だった。
広場の向こうから一人の少女が駆け寄ってくる。
「シオン!」
ルナリアだった。
泣きそうな顔で笑いながら、勢いよく胸へ飛び込んでくる。
「無事だった……。」
シオンは思わず抱き止めた。
温もりがある。
鼓動も聞こえる。
「ルナリア……。」
「心配したんだから。」
彼女は少し怒ったように笑う。
「また一人で無茶したでしょ。」
「……ああ。」
自然と笑みが零れた。
その様子を少し離れた場所からアリアが呆れ顔で見ている。
「まったく。」
「帰ってくるなら連絡くらいしなさい。」
レオニクスも肩をすくめる。
「王都中がお前を探していた。」
ヴォルグは豪快に笑いながら背中を叩いた。
「生きてりゃそれでいい!」
痛いほどの衝撃だった。
それが嬉しかった。
シオンはゆっくりと仲間たちを見回す。
誰も死んでいない。
世界も壊れていない。
笑顔がある。
約束がある。
帰る場所がある。
その時、ルクスの声が響いた。
「どうだ。」
「望んだ世界だ。」
シオンは静かに頷いた。
「……ああ。」
「最高だ。」
「なら。」
ルクスの声が僅かに低くなる。
「剣を捨てろ。」
空気が止まる。
「世界は救われる。」
「仲間も死なない。」
「もう戦う必要はない。」
「お前だけが。」
「最後の観測者として存在を消せば。」
ルナリアがシオンの手を握る。
「お願い。」
「もう戦わなくていい。」
アリアも微笑む。
「今度は普通に生きよう。」
レオニクスが頷く。
「俺たちが世界を守る。」
ヴォルグは笑う。
「お前は休め。」
全員が笑っていた。
シオンの理想そのものだった。
ほんの少しだけ。
心が揺れる。
「シオン。」
ルナリアが優しく微笑む。
「帰ってきて。」
その笑顔を見つめながら、シオンはゆっくりと目を閉じた。
長い沈黙。
誰も動かない。
やがてシオンは、小さく息を吐いた。
そして。
静かに《ECLIPSE》を握り直す。
「……ごめん。」
ルナリアの笑顔が止まる。
シオンはゆっくりと首を横へ振った。
「お前たちは本物じゃない。」
静寂が訪れる。
「本物のルナリアなら。」
「絶対にこんなことは言わない。」
ルナリアの表情から笑顔が消えた。
アリアも。
レオニクスも。
ヴォルグも。
世界そのものが静かに崩れ始める。
ルクスの声だけが響いた。
「なぜ分かった。」
シオンは少し寂しそうに笑う。
「俺の仲間は。」
「俺だけ犠牲になって平和になる世界なんて。」
「絶対に選ばない。」
「だから。」
「これは偽物だ。」
その瞬間、王都は光となって砕け散った。
ルクスは初めて、ほんの僅かに口元を緩める。
「……第一の試練。」
「突破だ。」




