「月の巫女」
光だった。
どこまでも続く光。
上も下も分からない。
時間の感覚すら曖昧だった。
自分が立っているのか。
浮いているのか。
それすら分からない。
ただ一つだけ確かなのは。
誰かが自分を呼んでいることだった。
優しく。
懐かしく。
ずっと昔から知っているような声で。
「待っていました」
その声と共に。
世界が変わった。
眩い光がゆっくりと晴れていく。
ルナリアは目を開いた。
そこには。
果てしなく広がる花畑があった。
白い花。
蒼白く輝く月花。
夜風に揺れながら。
まるで星空そのものが地上へ降りてきたような景色だった。
そして空には巨大な月。
あまりにも近い。
手を伸ばせば届きそうなほど大きな月が静かに浮かんでいた。
「ここは……」
思わず呟く。
返事はすぐに返ってきた。
「月の記憶よ」
声。
ルナリアは振り返る。
そこに一人の女性が立っていた。
銀色の長い髪。
蒼く透き通る瞳。
純白の衣。
穏やかな微笑み。
どこか神々しく。
そして。
どこか悲しそうだった。
ルナリアは息を呑む。
その女性は自分によく似ていた。
顔立ちも。
瞳も。
雰囲気も。
まるで未来の自分を見ているようだった。
女性は静かに歩み寄る。
そして優しく微笑んだ。
「ようやく会えたわ」
その言葉だけで。
なぜか涙が出そうになった。
初めて会うはずなのに。
懐かしい。
会いたかった。
そんな感情が胸の奥から溢れてくる。
「あなたは……?」
ルナリアが尋ねる。
女性はゆっくりと頷いた。
「私はセレネ」
月風が吹く。
花畑が揺れる。
そして彼女は続けた。
「最初の月の巫女」
その瞬間だった。
ドクン――
ルナリアの胸が大きく脈打つ。
頭の奥が熱くなる。
忘れていた何かが目覚めようとしていた。
「最初の……」
声が震える。
セレネは静かに頷いた。
「あなた達月の民の始祖」
「最初に世界の役目を背負った存在」
ルナリアは言葉を失う。
神話の人物。
伝説の存在。
それが目の前にいる。
信じられなかった。
だが。
不思議と疑う気持ちはなかった。
それほどまでに。
セレネの存在は自然だった。
「聞いてほしいことがあるの」
セレネの表情が少し曇る。
その顔を見ただけで。
これから語られる話が決して明るいものではないことを理解した。
ルナリアは小さく頷く。
セレネは空を見上げた。
巨大な月が静かに輝いている。
「世界は何度も滅んでいる」
その一言で。
空気が変わった。
ルナリアの表情が強張る。
レオニクスから聞いた話。
世界の再構築。
繰り返される文明。
黒星王。
最後の観測者。
全てが頭をよぎる。
セレネは続ける。
「人類は何度も滅びた」
「文明は何度も終わった」
「星喰いは何度も世界を喰らった」
静かな声。
だが。
その一言一言が重かった。
「その度に世界は再生された」
ルナリアは息を呑む。
「どうやって……?」
セレネは少しだけ目を伏せた。
悲しそうに。
苦しそうに。
「私達がいたから」
沈黙。
風が止まる。
月花が揺れる。
そして。
セレネは真実を告げた。
「月の民は世界を守るために生まれた」
ルナリアは頷く。
だが。
次の言葉が全てを変えた。
「同時に」
セレネはゆっくりと言った。
「世界を終わらせるためにも存在している」
ルナリアの思考が止まる。
理解できない。
意味が分からない。
守るために生まれた。
なのに終わらせる?
矛盾している。
だが。
セレネの表情は真剣だった。
「私達は世界再生の鍵」
「滅びを管理する者」
「終わりと始まりを繋ぐ存在」
ルナリアの胸がざわつく。
嫌な予感がした。
聞きたくない。
でも聞かなければならない。
そんな予感だった。
セレネは静かに言う。
「あなたが死ねば」
そして。
残酷な真実を告げる。
「世界は初期化される」
ルナリアの呼吸が止まった。




