「月の光」
月光の翼が現れ始めた。
その瞬間。
アストレア全域が静まり返った。
誰も言葉を発せない。
誰も目を逸らせない。
世界樹から放たれる蒼い光。
黒星王の漆黒。
そして。
ルナリアの背中から溢れる月光。
三つの光が夜空を照らしていた。
まるで世界そのものが呼吸を止めているようだった。
「ルナリア……」
シオンが小さく呟く。
ルナリアは答えられなかった。
胸が熱い。
苦しい。
だが不思議と嫌な感覚ではない。
むしろ懐かしかった。
ずっと昔。
忘れていた何かが帰ってくるような感覚。
胸元のペンダントが激しく輝いている。
蒼白い光。
月の光。
その輝きは次第に強くなっていく。
「何が起きてるの……?」
ルナリア自身にも分からない。
ただ。
誰かが呼んでいる。
遠くから。
とても遠くから。
優しく。
温かく。
名前を呼んでいる。
『ルナリア』
声が聞こえた。
女性の声だった。
懐かしい。
涙が出そうになるほど。
懐かしい。
『もう大丈夫』
『恐れないで』
『あなたは一人じゃない』
ルナリアの瞳が揺れる。
見たこともないはずなのに。
その声を知っている気がした。
『あなたは最後の希望』
『月の民が託した願い』
『世界を照らす光』
月光がさらに強くなる。
足元から無数の光粒が舞い上がった。
夜空へ昇っていく。
世界樹の葉が反応する。
淡く輝く。
アストレア中の星晶が共鳴を始めた。
レオニクスは息を呑んだ。
「間違いない……」
震える声。
長年探し続けていた答え。
禁書の中にしか存在しなかった伝説。
その全てが目の前にあった。
「月の継承者だ……」
ガルドが目を見開く。
「本当にいたのかよ……」
エリナは言葉を失っていた。
アリアも静かにルナリアを見つめている。
そして。
上空のセラフィナでさえ。
その光から目を離せなかった。
暖かかった。
生まれて初めて感じるような光。
戦うための力ではない。
誰かを守るための力。
それが分かった。
星喰いの巨大な瞳が細められる。
『月の継承者』
その声が世界へ響く。
今までの余裕が少しだけ消えていた。
『ついに現れたか』
レオニクスの表情が変わる。
星喰いが警戒している。
それだけで十分だった。
ルナリアは重要な存在なのだ。
黒星王だけではない。
月の継承者もまた。
世界の運命を左右する鍵。
シオンは静かにルナリアを見つめる。
彼女は苦しそうだった。
だが逃げていない。
震えながらも立っている。
その姿が誇らしかった。
「ルナリア」
シオンが呼ぶ。
その声に。
ルナリアはゆっくりと顔を上げた。
蒼銀の瞳。
だが。
その瞳は今までよりも深く輝いている。
まるで月そのものを宿したように。
二人の視線が重なる。
黒星王。
月の継承者。
運命に選ばれた二人。
その瞬間。
ペンダントが眩く輝いた。
世界が白く染まる。
誰も目を開けていられない。
光。
光。
ただ光だけ。
そして。
ルナリアの意識は光の中へ沈んでいく。
最後に見えたのは。
巨大な月だった。
蒼く輝く神殿。
無数の月光。
そして。
祭壇の前に立つ一人の女性。
銀色の長い髪。
優しい瞳。
ルナリアによく似た顔。
女性は静かに微笑んだ。
『待っていました』
『月の継承者』
ルナリアは息を呑む。
女性はゆっくりと手を差し伸べた。
『全てを思い出す時が来ました』
光が溢れる。
記憶の扉が開き始める。
失われた月の民の歴史。
世界再生の真実。
そして。
黒星王と月の継承者が背負う運命。
その全てが。
今まさに明かされようとしていた。




