REBIRTH
虚無は震えていた。
アビスが、その巨体を完全に現す。
星々を覆い尽くすほど巨大な翼。
光すら飲み込む漆黒の外殻。
その深紅の双眸が、ただ一人――シオンだけを映している。
『観測完了。』
声ではなかった。
世界そのものへ直接刻み込まれる概念。
『存在確認。』
『最後の希望。』
『排除開始。』
次の瞬間、虚無が消えた。
いや、シオンの視界から消えた。
「速い――!」
本能だけが身体を動かす。
《ECLIPSE》を横へ薙ぐ。
甲高い衝撃音が虚無へ響き、透明な火花が弾けた。
気付けばアビスの腕が、剣の目前まで迫っていた。
「……っ!」
腕一本。
それだけで世界一つ分の質量がある。
シオンは奥歯を噛み締め、全身の力を剣へ乗せた。
「まだだァッ!!」
轟音と共に衝撃波が広がる。
虚無が割れ、崩壊しかけていた世界群が激しく揺れた。
しかしアビスは一歩も退かない。
深紅の瞳だけが静かにシオンを見つめている。
『理解不能。』
『有限生命体。』
『なぜ抗う。』
シオンは剣を構え直した。
肩で息をしながら笑う。
「何度も聞くな。」
「答えは変わらない。」
「守りたい奴がいる。」
「それだけだ。」
アビスは沈黙した。
その僅かな隙を逃さず、シオンは一気に間合いを詰める。
踏み込む。
斬る。
また踏み込む。
一撃。
二撃。
三撃。
《ECLIPSE》の軌跡が透明な弧を描き、アビスの漆黒の身体へ無数の傷を刻んでいく。
それでもアビスは倒れない。
逆に、その傷口から漆黒の粒子が溢れ出し、傷が瞬く間に塞がっていく。
「再生……!」
ネメシスが叫ぶ。
「駄目だ!」
「アビスには終わりという概念が存在しない!」
「終わらない……?」
シオンは距離を取りながら息を整える。
「なら。」
「終わりを与える。」
その言葉に、エインとネメシスは同時にシオンを見る。
「始まりしか知らない俺達と。」
「終わりしか知らないお前達。」
シオンは静かに二人へ笑い掛けた。
「だから勝てなかった。」
「でも。」
「俺は違う。」
《ECLIPSE》を胸の前で構える。
透明だった刀身へ。
黄金が宿る。
蒼が重なる。
漆黒が溶け合う。
七柱の神威。
始原の光。
観測者の力。
黒星王の力。
その全てが、一つの輝きへ収束していく。
「俺は。」
「始まりを知ってる。」
始祖の笑顔。
エインの願い。
世界が生まれた理由。
「終わりも知ってる。」
クロノスとの別れ。
七柱の消滅。
世界群の崩壊。
「だから。」
「繋げられる。」
シオンはゆっくり剣を掲げた。
その瞬間、崩壊していた世界群から無数の光が飛び立つ。
第五百世界。
新世界。
消えた世界海。
砕け散った神域。
七柱の神威。
すべてが透明な光となって《ECLIPSE》へ集まっていく。
ネメシスは涙を流していた。
「……これが。」
「本当の。」
「REBIRTH。」
エインも静かに頷く。
「世界は壊れることで終わるんじゃない。」
「未来を諦めた時、初めて終わる。」
シオンはゆっくり目を閉じる。
脳裏へ浮かぶのは仲間たちだった。
ルナリア。
アリア。
レオニクス。
ヴォルグ。
エルディア。
笑い合った日々。
泣き合った夜。
守ると誓った世界。
その全てが、剣へ宿る。
シオンは静かに目を開いた。
その瞳は、どこまでも澄んでいた。
「アビス。」
「お前は終わりしか知らない。」
「だから教えてやる。」
一歩踏み出す。
虚無が震える。
「終わりの先には。」
さらに一歩。
《ECLIPSE》が世界を照らす。
「新しい始まりがある。」
アビスの深紅の瞳が、初めて大きく揺れた。
『始まり……。』
『終わりの……先。』
その概念を理解できない。
理解したことがない。
だからこそ。
その一瞬だけ、アビスは止まった。
シオンは迷わず踏み込む。
「これが。」
「みんなが俺へ託した答えだ。」
透明な一閃が虚無を貫く。
世界が白く染まった。
眩い光の中で、始祖の声が聞こえた。
『よくここまで来たな。』
クロノスが笑う。
『最後まで格好付けやがって。』
レイが本を閉じる。
『これで神話は終わる。』
ルシエルが微笑む。
『未来は君達のものだ。』
七柱の光が静かに空へ還っていく。
シオンは剣を握ったまま、その光を見送った。
戦いは、まだ終わっていない。
だが。
終わりへ向かうだけだった物語は、この瞬間、確かに未来へ向き始めた。
最後の希望は、終焉を越えた。




