観測者覚醒
蒼い火種が、シオンの胸へ溶け込んだ。
鼓動が変わる。
ドクン――。
一度だけ大きく脈打った心臓は、不思議なほど穏やかだった。
激しい力が流れ込んでいるはずなのに苦しさはない。
身体が拒絶しない。
まるで最初から、自分の中にあった力が戻ってきたような感覚だった。
シオンはゆっくりと右手を見る。
掌を包む蒼い光は、次第に透明へ変わっていく。
黄金でもない。
黒でもない。
七色でもない。
色そのものを超えた光。
エインは静かに頷いた。
「……受け入れたか。」
シオンは拳を握る。
「これが。」
「創世の火種。」
「半分だけだ。」
エインは少し笑った。
「残り半分は、お前自身の中にある。」
「俺の中に?」
「観測者として歩き続けた記憶。」
「仲間を救いたいという願い。」
「何度負けても立ち上がった意志。」
「その全てがお前の火種だ。」
シオンは目を閉じる。
思い浮かぶのは戦いの日々だった。
ルナリアと出会った夜。
アリアと剣を交えた日。
レオニクスと肩を並べた戦場。
ヴォルグと殴り合って笑った時間。
エルディアが涙を流したあの日。
始祖。
クロノス。
レイ。
ルシエル。
誰一人として、自分を諦めなかった。
「……そうか。」
シオンは静かに笑う。
「一人で強くなったんじゃない。」
「みんながいたから、ここまで来られた。」
胸の紋章が淡く輝く。
そこへ次々と光が集まっていく。
第五百世界から。
新世界から。
崩壊しつつある世界群から。
細い光の糸がシオンへ繋がっていく。
ネメシスが驚きに目を見開いた。
「世界が……。」
エインも静かに息を呑む。
「選んだ。」
「世界がお前を。」
その瞬間だった。
シオンの脳裏へ、無数の声が響く。
『帰ってきて。』
『負けるな。』
『信じてる。』
『約束だろ。』
ルナリア。
アリア。
レオニクス。
ヴォルグ。
エルディア。
名も知らない人々。
子どもたち。
騎士たち。
世界中の願いが、一つの光となって流れ込んでくる。
シオンは静かに目を開いた。
その瞳から蒼い輝きは消えていた。
代わりに宿っていたのは、夜明け前の空のような深く澄んだ光だった。
エインは懐かしそうに笑う。
「やっと見られた。」
「何が。」
「世界が私へ見せたかった景色。」
「お前の、その目だ。」
シオンは《オブザーバー・レガリア》をゆっくりと掲げる。
刀身が透き通るように輝き始める。
黒星王の力。
観測者の力。
始原の力。
そのすべてが一つへ溶け合い、新しい剣へ姿を変えていく。
刀身へ浮かび上がる文字。
誰も読めないはずの古代文字を、シオンだけは理解できた。
《ECLIPSE》
「エクリプス……。」
エインは静かに頷く。
「始まりと終わりが重なる時だけ現れる剣。」
「世界自身が生み出した最後の希望。」
その光景を見ていたアビスが、初めて動きを止めた。
虚無が揺らぐ。
闇の奥から、声とも呼べない波動が響いた。
『理解……不能。』
『存在……変質。』
『観測者……消失。』
シオンは首を横へ振る。
「違う。」
静かな声だった。
「俺は観測者じゃない。」
アビスの闇が大きく脈打つ。
『……何者だ。』
シオンは剣を握り直した。
その背後へ、七つの光が浮かび上がる。
始祖。
クロノス。
レイ。
ルシエル。
アダム。
アイオーン。
モイラ。
消えたはずの七柱の神威が、最後の残響としてシオンの背中を照らしていた。
「俺はシオン・アルヴィス。」
「最後の観測者で。」
「黒星王で。」
「みんなの想いを託された、一人の人間だ。」
ネメシスは静かに笑う。
「人間……か。」
「だから、お前は強い。」
エインも満足そうに頷いた。
「神では辿り着けなかった答えだ。」
その瞬間、虚無が大きく裂けた。
アビスの全貌が、ゆっくりと姿を現す。
世界群を遥かに超える漆黒の巨体。
星々を飲み込む翼。
無限の闇で形作られた王座。
その中心で二つの深紅の瞳が静かに開く。
虚無は終焉を告げるように震え続ける。
シオンは一歩だけ前へ踏み出した。
その足取りに迷いはなかった。
「始祖。」
「クロノス。」
「みんな。」
「ここから先は。」
透明な光が剣を包み込む。
「俺が終わらせる。」
世界最初の存在と。
世界最後の希望。
二つの運命が、ついに真正面から向き合った。




