終焉を超える者
虚無の最深部。
漆黒の裂け目から伸びた無数の鎖が、ネメシスの全身へ絡み付いていく。
一本断ち切っても、すぐに新たな鎖が生まれる。
まるで存在そのものを拘束する檻だった。
ネメシスは歯を食いしばり、初めて苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ……!」
シオンは反射的に《オブザーバー・レガリア》を抜いた。
「離れろ!」
蒼い斬撃が一直線に走る。
しかし鎖へ触れた瞬間、その刃は音もなく虚空へ溶けてしまった。
「効かない……!」
エインが首を横へ振る。
「あれは武器で斬れるものじゃない。」
「ならどうすればいい!」
「近付くな。」
エインの声はこれまでになく鋭かった。
「あれは存在を否定する鎖だ。」
「触れた瞬間、お前の観測そのものが消える。」
シオンは剣を握る手へ力を込める。
「だから見捨てろって言うのか。」
「違う。」
エインは静かに答えた。
「今のお前では助けられない。」
ネメシスは苦しそうに笑った。
「その通りだ。」
「私は……もう終わる。」
「ふざけるな。」
シオンは一歩踏み出す。
「始祖もそう言った。」
「クロノスもそうだった。」
「もう誰も終わらせない。」
ネメシスは静かに目を閉じる。
「お前は……。」
「本当に似ている。」
「誰に。」
「エインに。」
その言葉にシオンは息を呑んだ。
ネメシスは遠い昔を思い出すように、小さく笑う。
「彼も昔。」
『一人も見捨てない。』
そう言っていた。」
エインは何も答えなかった。
ただ静かに俯いている。
「だが。」
ネメシスは苦しげに息を吐く。
「現実は違った。」
「世界は滅び。」
「命は消え。」
「何度も繰り返した。」
「……それでも。」
シオンはゆっくりネメシスへ近付く。
「諦めなかった。」
ネメシスは目を開く。
「何?」
「だから今、俺がここにいる。」
「始祖がいた。」
「クロノスがいた。」
「レイも。」
「ルシエルも。」
「みんな諦めなかった。」
「だから俺がいる。」
シオンの声は震えていた。
怒りではない。
悲しみでもない。
積み重ねられた想いが、その言葉を支えていた。
ネメシスは初めて小さく笑う。
「……なるほど。」
「それが。」
「命か。」
その瞬間だった。
裂け目の奥から、低い笑い声が響く。
「ククク……。」
虚無そのものが震える。
鎖が一斉に黒く染まり、ネメシスの身体をさらに締め上げた。
「がぁぁっ!」
シオンは駆け出す。
「ネメシス!」
「来るな!」
ネメシスが叫ぶ。
「これは……私を利用して……世界へ侵入する!」
エインの表情が変わる。
「まずい!」
「狙いは世界群じゃない!」
「最後の観測者だ!」
裂け目の奥から、黒い霧が噴き出した。
霧は蛇のように蠢きながら一直線にシオンへ迫る。
「シオン!」
エインが前へ飛び出す。
その右腕が蒼い光に包まれた瞬間、霧と激突した。
轟音が虚無を揺らす。
「エイン!」
シオンが叫ぶ。
しかしエインは振り返らない。
「今のうちに行け!」
「でも!」
「聞け!」
エインの声が響く。
「私は始まりしか創れなかった!」
「ネメシスは終わりしか見届けられなかった!」
「だから!」
「始まりと終わりを繋げる存在が必要なんだ!」
エインはシオンを真っ直ぐ見つめる。
蒼と黄金の瞳には、一点の迷いもなかった。
「お前は観測者じゃない。」
「もう違う。」
「始祖でもない。」
「神でもない。」
「お前は。」
エインは静かに笑った。
「終焉を超える者だ。」
その言葉と同時に、シオンの胸へ刻まれた《始原観測者》の紋章が眩く輝く。
黄金。
蒼。
黒。
七色だった神威とは異なる、透明な光。
それは色を持たない光だった。
虚無も。
世界も。
その境界すら包み込む優しい輝き。
ネメシスはその光を見つめ、小さく呟く。
「……そうか。」
「この光を待っていた。」
裂け目の奥から、ゆっくりと一本の巨大な腕が現れる。
先ほどまでの外界の腕とは比べものにならない。
その腕には世界という概念すら収まるほどの威圧感があった。
エインはその姿を見据え、静かに名を告げる。
「姿を現したか。」
「原初の虚無――アビス。」
その名が告げられた瞬間、虚無そのものが意思を持ったかのように脈動を始める。
世界誕生以前から眠り続けていた、本当の終焉。
その存在が、最後の観測者の前へ姿を現した。




