世界群崩壊
神域を覆っていた黄金の光は、静かに色を変え始めていた。
それは神威ではない。
始祖という存在そのものが、世界へ還ろうとしている光だった。
七柱は誰も口を開かなかった。
止める資格など、誰にもない。
始祖自身が選び抜いた答えだったからだ。
シオンだけが、その背中を見つめていた。
「……こんなの認めない。」
始祖は振り返らない。
「知っている。」
「お前は最後まで反対する。」
「当たり前だ。」
シオンは前へ踏み出す。
「世界を守るために誰かが消えるなんて、今まで散々見てきた。」
「エルディアも。」
「ルシエルも。」
「レイも。」
「もう十分だ。」
黄金の粒子が舞う。
始祖の身体は胸元から少しずつ透け始めていた。
それでも、その声だけは力強い。
「シオン。」
「私を見ろ。」
少年はゆっくり顔を上げる。
始祖は穏やかに微笑んでいた。
「私は犠牲になるんじゃない。」
「役目を終えるだけだ。」
「違う!」
シオンの叫びが神域へ響く。
「役目とか使命とか、そんな言葉で誤魔化すな!」
「消えることに変わりないだろ!」
神域が静まり返る。
始祖は何も言わない。
その代わり、一歩だけシオンへ近付いた。
「昔。」
「私も、お前と同じことを言った。」
シオンは目を見開く。
始祖は遠くを見つめる。
「創世の前。」
「エインが世界を私達へ託そうとした時。」
『あなたが消えるなら、そんな世界はいらない。』
「私はそう叫んだ。」
黄金の瞳が少しだけ潤む。
「だがエインは笑っていた。」
『命とは受け継ぐものだ。』
『別れがあるから、出会いに意味が生まれる。』
『終わりがあるから、人は未来へ歩ける。』
始祖は静かに息を吐いた。
「その意味が分かるまで。」
「私は何億年も掛かった。」
シオンは拳を握り締める。
納得できない。
理解したくもない。
それでも始祖の瞳を見れば、その覚悟が本物だと分かってしまう。
その時だった。
外界の男が初めて表情を変えた。
わずかに眉が動く。
「自己犠牲。」
「理解不能。」
「それほどまでに他者が重要か。」
始祖は静かに男を見る。
「重要だ。」
「世界は一人では完成しない。」
「だから私は仲間を信じた。」
「だから今は。」
始祖はシオンへ視線を向ける。
「お前を信じる。」
その一言に。
シオンは何も返せなかった。
外界の男は長い沈黙の後、小さく呟く。
「信じる。」
「それが命という法則か。」
その瞬間、神域全体が激しく揺れた。
ゴォォォォォォォォォォ!!
外界の無数の眼が一斉に開く。
巨大な腕が再び神域へ伸びる。
今度は迷いがなかった。
世界そのものを握り潰そうとする一撃。
始祖は静かに黄金の剣を掲げる。
「七柱。」
六柱が頷く。
クロノスは黒き神剣を肩へ担ぎ、不敵に笑った。
「最後まで付き合うぞ。」
レイは本を閉じた。
「これで本当に最後ですね。」
アイオーンは砂時計を抱き締める。
「時間を、未来へ。」
モイラは最後の運命の糸を紡ぐ。
「希望だけは切れません。」
ルシエルは赤い光を解き放つ。
「可能性は、まだ終わらない。」
アダムは契約書を静かに閉じた。
「契約の時代は、ここで終わりです。」
七柱が円陣を組むように並ぶ。
創世の日。
初めて世界を創った時と、まったく同じ陣形だった。
始祖が最後に笑う。
「……帰ろう。」
その一言だけだった。
七柱の神威が一つへ重なる。
黄金。
漆黒。
蒼。
白銀。
翡翠。
紫紺。
深紅。
七色の光は一本の巨大な光柱となり、神域を貫いた。
シオンは叫ぶ。
「始祖ッ!!」
光が弾ける。
轟音と共に、神域そのものが崩壊を始めた。
七柱の姿が光へ溶けていく。
始祖は最後まで笑っていた。
クロノスも笑っていた。
誰も後悔していなかった。
七柱が消えた瞬間。
世界群を支えていた最後の均衡が失われる。
第五百世界。
新世界。
世界海。
無数の世界が空間から剥がれ落ち、ゆっくりと崩壊を始める。
シオンの観測者の紋章が激しく輝いた。
世界中の悲鳴。
仲間たちの声。
ルナリア。
アリア。
レオニクス。
ヴォルグ。
エルディア。
守りたかった全ての命が、一斉に胸へ流れ込んでくる。
少年は震える拳を握り締め、崩れゆく世界を見上げた。
「……待ってろ。」
涙を拭うことなく、一歩前へ踏み出す。
「俺が必ず。」
「全部、取り戻す。」
その誓いと共に、最後の観測者は崩壊する世界群へ飛び込んだ。
それは絶望への一歩ではない。
新たな創世へ向かう、最初の一歩だった。




