外界侵食
黄金の剣と黒き神剣が静かに構えられる。
始祖とクロノス。
かつて互いの理想を懸けて刃を交えた二柱の神は、今、初めて同じ敵を見据えていた。
神域へ伸びる巨大な腕は、まだゆっくりと動いているだけだった。
だが、その指先が空間へ触れるたび、世界そのものが悲鳴を上げる。
白い階段は音を立てて崩れ、七柱の神像から光が零れ落ちる。
シオンは《オブザーバー・レガリア》を握り直した。
「始祖。」
「一つ聞かせてくれ。」
「何だ。」
「あれを斬れば終わるのか。」
始祖は巨大な腕から目を離さず、小さく首を振った。
「終わらない。」
「外界に本体は存在しない。」
「今見えているのは、世界へ触れるための一部に過ぎない。」
クロノスが続ける。
「海へ手を入れた人間を想像してみろ。」
「魚から見えるのは腕だけだ。」
「腕を傷付けても、人間そのものは死なん。」
「つまり俺達は……。」
シオンは巨大な腕を睨み付ける。
「指一本と戦おうとしてるのか。」
「その通りだ。」
アダムの表情は険しい。
「それでも接触を許せば終わります。」
「世界群は外界へ取り込まれ、法則そのものが消滅します。」
シオンは苦笑した。
「最近はスケールが大きすぎて感覚が麻痺してきた。」
始祖が横目で笑う。
「昔のお前なら腰を抜かしていた。」
「成長したってことだ。」
「いや。」
シオンは剣を肩へ担ぐ。
「もう驚くのにも疲れただけ。」
三人が小さく笑う。
その空気を裂くように、巨大な腕がゆっくりと指を動かした。
バキィィィィィン!!
指先が神域へ触れた瞬間、白い空間が砕け散る。
世界が歪む。
時間が乱れる。
重力が反転し、崩れた神像が空中へ吸い上げられていく。
始祖は剣を振るった。
「下がれ!」
黄金の斬撃が一直線に走る。
神域を覆うほど巨大な光刃。
これまで数え切れない世界を救ってきた創世の一撃だった。
しかし。
巨大な腕は止まらない。
斬撃は腕へ触れた瞬間、静かに霧散した。
「……消えた?」
シオンが目を見開く。
始祖も驚きを隠せない。
「法則が通用しない……。」
クロノスは黒き神剣を構えたまま呟く。
「世界の外に、世界の法則は届かない。」
その言葉が終わるより早く、彼は神域を蹴った。
「なら試してみるか。」
黒い軌跡が一直線に空を駆ける。
一瞬で巨大な腕の目前へ到達すると、全身の神威を剣へ集中させた。
「《終刻・零界断》」
黒い斬撃が空間そのものを切り裂く。
神域が二つに割れたかのような一閃。
だが巨大な腕には、小さな白い線が刻まれただけだった。
それでも。
初めて傷が付いた。
巨大な腕がゆっくりと動きを止める。
始祖が目を見開く。
「傷付いた……。」
クロノスは神域へ着地すると肩で息をした。
「法則じゃない。」
「記録だ。」
シオンが振り返る。
「どういう意味だ。」
「外界は世界を理解していない。」
クロノスは腕を見つめる。
「理解していないものは記録されていない。」
「だから。」
「記録そのものを書き換えれば、外界にも干渉できる。」
アダムは驚愕していた。
「まさか……そこまで考えていたのですか。」
クロノスは苦笑する。
「何億年、記録だけ見続けたと思ってる。」
その直後だった。
巨大な腕の傷口が蠢く。
白い裂け目から黒い霧が噴き出し、その霧が神域全体を覆い始める。
シオンは咄嗟に叫んだ。
「始祖!」
「避けろ!」
しかし始祖は動かなかった。
霧を見つめたまま、低く呟く。
「違う……。」
「これは侵食じゃない。」
「世界を書き換えている。」
アダムの顔色が一変する。
「まずい!」
「世界群の座標が消されています!」
神域の足元へ無数の光点が浮かび上がる。
第五百世界。
新世界。
世界海。
GENESIS。
一つ、また一つと光が消えていく。
シオンは蒼い瞳を見開いた。
「セレスティアが……消える。」
その言葉と同時に、胸の観測者の紋章が今までにないほど強く輝き始めた。
蒼い光は神域を貫き、消えかけた世界群を一本の光で繋ぎ止める。
始祖は静かに笑った。
「やはり。」
「世界を繋ぎ止められるのは。」
「最後の観測者だけか。」
だが、その光景を外界の巨大な存在も見逃してはいなかった。
無数の眼が、一斉にシオンだけを見つめる。
神域に初めて、本物の殺気が満ちていく。




