創世以前の存在
蒼い結晶が、静かに輝いていた。
エインの掌に浮かぶ、小さな光。
その光は星晶でもない。
世界核でもない。
観測者の力とも違う。
もっと根源的な――
**“世界が生まれる前から存在していた光”**だった。
シオンはゆっくりと右手を伸ばす。
その瞬間だった。
ドクン――――。
胸に刻まれた観測者の紋章が、今までにないほど激しく鼓動する。
蒼い結晶が共鳴した。
世界が白く染まる。
結晶は静かにシオンの掌へ溶け込んでいった。
「これは……。」
膨大な記憶。
膨大な知識。
だが。
それ以上に、一つの感情だけが流れ込んでくる。
孤独。
果てしない孤独だった。
誰もいない。
命もない。
光も闇もない。
永遠とも呼べない時間を。
たった一人で歩き続けた存在。
それがエインだった。
シオンは思わず顔を上げる。
「ずっと……。」
「一人だったのか。」
エインは少しだけ微笑んだ。
『そうだ。』
『だから私は願った。』
『誰かに会いたい、と。』
静寂。
『その願いが。』
『世界という可能性を生んだ。』
始祖は静かに涙を流していた。
クロノス。
アダム。
ルシエル。
レイ。
七柱。
その全ては。
一人の孤独な願いから始まっていた。
エインはゆっくりと歩き出す。
その足跡から。
花が咲く。
風が生まれる。
空が広がる。
生命は誰かを支配するためではない。
誰かと出会うために生まれた。
その真実を、シオンは初めて知った。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――!!
外界が激しく揺れる。
無数の巨大な眼が一斉に開く。
百。
千。
万。
数え切れないほどの眼が。
神域を見下ろしていた。
始祖が剣を構える。
「来る!」
アダムも契約書を開く。
「神域が侵食されます!」
七柱の神像が次々と崩れ始める。
ズガァァァァァァァァン!!
生命。
秩序。
記録。
時間。
因果。
可能性。
観測。
世界の法則そのものが揺らいでいく。
シオンはエインを見る。
「何なんだ!」
「あいつらは!」
エインは静かに巨大な眼を見つめた。
その瞳には怒りも恐怖もない。
ただ。
深い悲しみだけがあった。
『彼らは敵ではない。』
その一言に。
全員が息を呑む。
始祖も。
アダムも。
シオンも。
『彼らは。』
『世界を壊そうとしているわけではない。』
『ただ。』
『世界を理解できないだけだ。』
静寂。
『外界には。』
『命という概念が存在しない。』
『だから。』
『世界は異物なんだ。』
『理解できないものは。』
『消そうとする。』
シオンは拳を握る。
「なら。」
「話せばいい。」
始祖もアダムも驚く。
シオンは真っ直ぐ巨大な眼を見る。
「理解できないなら。」
「理解してもらえばいい。」
エインは笑った。
今までで一番。
嬉しそうに。
『やはり。』
『君だった。』
その瞬間。
エインの身体が光になり始める。
シオンは叫ぶ。
「待て!」
「まだ聞きたいことが!」
エインは首を横に振る。
『私の役目は終わった。』
『ここからは。』
『最後の観測者。』
『君の神話だ。』
蒼い光がシオンの身体を包む。
観測者の紋章が変化する。
黒星王の紋章。
最後の観測者の紋章。
そして。
第三の紋章が刻まれる。
《始原観測者》
世界がその存在を認めた瞬間だった。
エインの姿は完全に光となる。
最後に残された言葉だけが、静かな神域へ響いた。
『誰も犠牲にしない未来は。』
『必ず存在する。』
『探すのではない。』
『創るんだ。』
その言葉と共に。
エインは永遠の光へ還っていった。
神域の揺れは止まる。
巨大な眼も静かに閉じていく。
始祖はシオンを見つめた。
黄金の瞳に、確かな希望を宿しながら。
「君はもう。」
「最後の観測者ではない。」
シオンは静かに拳を握る。
蒼い光が身体を包む。
「俺は。」
「世界を終わらせない。」
「世界も。」
「命も。」
「未来も。」
「全部守る。」
その誓いは。
世界海を越え。
新世界を越え。
外界にまで届いていく。
こうして世界誕生以前の真実は語られた。




