世界の外側
ズガァァァァァァァァァァァン――――!!
神域そのものが揺らいだ。
七柱の神像に刻まれた亀裂が一斉に広がり、白い世界へ無数の光の破片が舞い散る。
シオンは思わず空を見上げた。
裂けた虚空。
その奥で。
巨大な”眼”だけがこちらを見下ろしている。
瞳孔は存在しない。
虹彩もない。
純白でも黒でもない。
光と闇、そのどちらにも属さない色を宿した眼。
ただ見つめられているだけで、観測者の紋章が激しく脈打つ。
ドクン――。
ドクン――。
シオンは歯を食いしばる。
「……何だ。」
「この威圧感は。」
始祖は剣を抜かない。
アダムも動かない。
二柱の神は、その”眼”を静かに見上げていた。
始祖が低く呟く。
「やはり。」
「封印だけでは足りなかったか。」
シオンは始祖を見る。
「知ってるのか。」
始祖は長く息を吐いた。
黄金の瞳には、これまで見せたことのない恐れが宿っている。
「知っている。」
「だが。」
「見たことは一度もない。」
静寂。
アダムが一歩前へ出る。
「最後の観測者。」
「ここから先は。」
「七柱ですら踏み込まなかった領域だ。」
シオンは眉をひそめる。
「世界の外側……。」
アダムは静かに頷く。
「そう。」
「私達は世界を創った。」
「だが。」
「世界の”外”は創っていない。」
その言葉に。
シオンは言葉を失った。
世界には外がある。
その発想すらなかった。
アダムは右手を掲げる。
すると空間へ無数の光球が現れた。
一つ一つが世界。
第五百世界。
新世界。
世界海。
GENESIS。
それら全てが、一枚の巨大な膜の内側に浮かんでいる。
「これが世界群。」
アダムの指が、その外側をなぞる。
しかし。
そこには何もない。
完全な虚無。
「そして。」
「この外側を。」
「私達は《外界》と呼んだ。」
始祖が静かに続ける。
「生命は存在しない。」
「時間もない。」
「法則もない。」
「神すら存在できない。」
「完全なる無。」
シオンは巨大な眼を見る。
「あれは。」
「その外界から来たのか。」
始祖はゆっくり頷く。
「おそらく。」
「私達が初めて世界を創った時。」
「外界へ穴を開けてしまった。」
静寂。
シオンは息を呑む。
「つまり。」
「世界を創ったこと自体が。」
「間違いだったのか。」
始祖は迷うことなく首を横へ振る。
「違う。」
「命が生まれたことを。」
「私は一度も後悔していない。」
アダムも静かに頷く。
「問題は。」
「世界を創ったことではない。」
「世界が。」
「外界へ認識されたことだ。」
その瞬間だった。
巨大な眼が。
ゆっくりと瞬きをした。
パチ――。
たったそれだけで。
七柱の神像が激しく砕け散る。
ズガァァァァァァァァァァン!!
第五柱。
第六柱。
粉々になって崩壊する。
シオンは《オブザーバー・レガリア》を構えた。
「来る!」
しかし。
始祖は剣を下ろしたまま静かに言う。
「戦うな。」
「勝てない。」
シオンは驚く。
「始祖でも?」
「勝てない。」
その一言だった。
「なぜなら。」
「神は世界の中でしか存在できない。」
黄金の瞳が巨大な眼を見上げる。
「あれは。」
「世界の外にいる。」
静寂。
その時。
シオンの胸元にある観測者の紋章だけが。
他の誰とも違う光を放ち始める。
蒼い光。
その光は神域を越え。
巨大な眼へ真っ直ぐ伸びていく。
アダムが目を見開いた。
「まさか……。」
始祖も息を呑む。
「観測者だけが。」
「外界を観測できるのか。」
巨大な眼が初めて動く。
ゆっくりと。
その視線が始祖から外れ。
クロノスでもなく。
アダムでもなく。
ただ一人。
最後の観測者――シオンだけを見つめた。
そして。
世界が生まれて初めて。
外界の存在は言葉を発した。
『――ようやく。』
声ですらない。
概念そのものが脳へ直接流れ込む。
『こちらを。』
『認識できる者が現れた。』
シオンの意識が激しく揺れる。
観測者の紋章が眩く輝く。
その瞬間。
シオンの脳裏へ。
世界が生まれる以前の光景が流れ込んだ。
そこには。
始祖も。
クロノスも。
アダムも。
まだ生まれていなかった。
ただ。
果てなき虚無の中を歩く、一人の人影だけが存在していた――。




