神々の契約
『……ようやく会えたね。』
七柱目の神像――ルシエル。
その声は神域全体へ静かに響き渡った。
敵意はない。
殺気もない。
まるで何億年も待ち続けた友人へ語り掛けるような穏やかな声だった。
シオンは剣を下ろさない。
蒼い瞳だけが真っ直ぐ神像を見据えている。
「俺を知ってるのか。」
ルシエルは微笑む。
神像の表情だけが僅かに柔らかくなった。
『知っている。』
『いや。』
『ずっと待っていた。』
静寂。
始祖が一歩前へ出る。
「ルシエル。」
黄金の瞳には複雑な感情が宿っていた。
「まだ……意識が残っていたのか。」
ルシエルはゆっくりと始祖を見る。
その赤い瞳には怒りはなかった。
「君を恨んだ日は一度もない。」
その一言に。
始祖は目を見開く。
「……なに?」
ルシエルは静かに笑った。
「封印を決めたのは君じゃない。」
「私自身だから。」
世界が静まり返る。
シオンも始祖も言葉を失う。
「自分で……?」
始祖が震える声で呟く。
ルシエルはゆっくり頷いた。
『可能性は無限だった。』
『未来を増やせば増やすほど。』
『世界も増え続けた。』
神像の周囲へ無数の光球が現れる。
一つ。
十。
百。
千。
数え切れない世界。
その全てが一瞬で生まれ。
そして一瞬で消えていく。
『可能性に終わりはない。』
『だから世界も終わらなかった。』
『増え続ける世界は互いに衝突し。』
『最後には全てが崩壊する。』
始祖は静かに目を閉じる。
「あの日……。」
ルシエルは微笑む。
『だから私は頼んだ。』
『私を封印してくれ、と。』
静寂。
シオンは胸の奥が締め付けられる。
誰も裏切っていなかった。
始祖も。
クロノスも。
アダムも。
そしてルシエル自身も。
世界を守るため。
最も残酷な選択をしただけだった。
その時だった。
神域の奥から。
一冊の巨大な本がゆっくりと浮かび上がる。
純白の表紙。
金色の文字。
その題名は。
《創世契約書》
始祖は息を呑む。
「まだ残っていたのか……。」
本はゆっくり開く。
そこには七つの署名。
始祖。
クロノス。
アダム。
レイ。
第五柱。
第六柱。
そして。
最後にルシエル。
七柱全員の名が刻まれていた。
シオンは観測者の瞳で契約書を見る。
膨大な情報が流れ込む。
契約内容。
創世の日。
七柱が交わした誓い。
全てが鮮明に映し出される。
始祖が静かに読み上げる。
「我ら七柱は。」
「生命。」
「秩序。」
「記録。」
「時間。」
「因果。」
「可能性。」
「観測。」
七つの法則を一つに束ね。
永遠に世界を守ることを誓う。
その代償として。
誰か一人が均衡を乱した時。
残る六柱は。
迷うことなく、その一柱を封印する。
シオンは静かに息を吐いた。
「……神々の契約。」
ルシエルは頷く。
『あの日。』
『封印されたのは私だった。』
『だが次は違う。』
赤い瞳がゆっくり細められる。
『契約はまだ終わっていない。』
始祖の表情が変わる。
「まさか……。」
ルシエルは静かに空を見上げる。
『七柱はもう存在しない。』
『創世神は力を失い。』
『記録神は忘却へ堕ち。』
『観測神は歴史から消えた。』
『秩序神も姿を消した。』
『契約は崩れ始めている。』
神域全体が震える。
ズゴゴゴゴゴ……
七柱の神像に次々と亀裂が走る。
始祖は剣を握る。
「契約が壊れれば。」
ルシエルは静かに頷いた。
『世界そのものが。』
『法則を失う。』
その瞬間。
七柱の最後の神像が。
ゆっくりと光へ包まれ始めた。
ルシエルは最後にシオンを見る。
その瞳には確かな希望が宿っていた。
『だから私は。』
『最後の観測者を待っていた。』
『君だけが。』
『新しい契約を結べる存在だから。』
シオンの胸元。
観測者の紋章が今までにないほど強く輝き始める。
ドクン――。
ドクン――。
神域全体がその鼓動へ共鳴する。
REBIRTH最大の秘密は終わらない。
新たな使命が。
最後の観測者へ託されようとしていた。




