最初の観測者
白い階段は果てなく続いていた。
一段。
また一段。
足音だけが静寂の神域へ響く。
コツ――。
コツ――。
シオンと始祖は並んで歩く。
空は存在しない。
大地もない。
あるのは白い階段と、七柱の巨大な神像だけ。
観測者となったシオンですら、この空間だけは未来を読むことができなかった。
「ここは……時間が流れていない。」
静かに呟く。
始祖は小さく頷く。
「流れていないのではない。」
「ここでは時間という概念が生まれていない。」
シオンは苦笑する。
「最近はそんな話ばっかりだな。」
始祖も少しだけ笑った。
「世界の始まりへ近付けば近付くほど。」
「常識は意味を失う。」
二人は七体の神像の前へ辿り着く。
最初の像。
黄金の翼を持つ創世神。
始祖。
二番目。
黒い翼を持つ神。
クロノス。
三番目。
巨大な天秤を掲げる神。
アダム。
そして。
四番目の神像の前で。
始祖の足が止まった。
シオンも視線を向ける。
そこに立っていた像は。
黒でも白でもない。
蒼い長衣を纏い。
静かに目を閉じた青年。
その右手には一冊の本。
左手には蒼い結晶。
胸元には。
観測者の紋章。
シオンは思わず息を呑む。
「……俺?」
違う。
顔立ちは似ている。
だが別人だった。
始祖は静かに像を見上げる。
「彼が。」
「最初の観測者。」
静寂。
シオンは像へ近付く。
その表情には穏やかな笑みが浮かんでいた。
戦士には見えない。
王にも見えない。
ただ。
世界を見守り続ける優しい青年だった。
「名前は。」
シオンが尋ねる。
始祖はゆっくり答えた。
「レイ。」
「観測という概念を生み出した最初の存在だ。」
その名前が響いた瞬間。
蒼い神像が眩く輝き始める。
ゴォォォォォォォ……
神像の胸に刻まれた観測者の紋章。
それがシオンの胸元と共鳴した。
ドクン――。
ドクン――。
鼓動が重なる。
突然。
世界が光に包まれた。
シオンの視界へ。
一人の青年が映る。
蒼い髪。
穏やかな瞳。
優しい笑顔。
神像と同じ姿だった。
青年は静かに本を閉じる。
『君が。』
『最後の観測者か。』
シオンは目を見開く。
「……レイ。」
青年は微笑む。
『その名前を覚えていてくれたら嬉しい。』
『私はもう。』
『世界には存在しないから。』
静かな声だった。
悲しみはない。
後悔もない。
ただ優しさだけが残っていた。
シオンは一歩近付く。
「どうして。」
「消えたんだ。」
レイはゆっくり空を見上げる。
空ではない。
世界が生まれる前の白い世界。
『観測者は。』
『世界を守る存在じゃない。』
『世界を書き換える存在でもない。』
『最後まで見届ける存在だった。』
シオンは黙って聞いている。
『でも私は。』
『一つだけ。』
『救いたい世界を選んでしまった。』
静寂。
『その瞬間。』
『私は観測者ではなくなった。』
『だから。』
『私は自ら歴史から消えた。』
その言葉が終わると同時に。
レイの身体が少しずつ光へ変わり始める。
シオンは咄嗟に手を伸ばした。
「待て!」
しかし。
届かない。
指先は光をすり抜ける。
レイは最後まで微笑んでいた。
『君は私と違う。』
『最後まで。』
『誰も諦めない観測者になってくれ。』
『それだけが。』
『私の願いだ。』
眩い光。
そして。
青年の姿は静かに消えた。
世界は再び白い階段へ戻る。
シオンはしばらく動けなかった。
始祖が静かに歩み寄る。
「……見えたか。」
シオンはゆっくり頷く。
「あの人は。」
「最後まで。」
「誰かを救いたかっただけなんだな。」
始祖は目を閉じる。
「だから私は。」
「二度と観測者へ同じ運命を背負わせたくなかった。」
その時だった。
七体目の神像から。
小さな亀裂が走る。
パキッ――。
始祖の表情が変わる。
「……来る。」
シオンも剣へ手を掛ける。
七柱の神像。
その最後の像だけが。
ゆっくりと目を開こうとしていた。
その瞳は。
深紅に染まっていた。




