神話の入口
新世界は再び静けさを取り戻していた。
世界樹オメガは穏やかな黄金の光を放ち、その枝葉は優しく風に揺れている。
先ほどまで新世界を覆っていた黒い気配は消え去り、村にも再び笑顔が戻り始めていた。
少女たちは花を摘み。
老人たちは畑を耕し。
子どもたちは何事もなかったかのように走り回っている。
まるで世界そのものが、一瞬だけ悪夢を見ていただけのようだった。
しかし。
シオンだけは知っている。
この平和は本物ではない。
クロノス。
初代管理者アダム。
そして、世界樹オメガ。
まだ何も終わってはいない。
「……始祖。」
世界樹を見上げながら問い掛ける。
「俺はまだ知らないことが多すぎる。」
始祖は静かに頷いた。
黄金の瞳には覚悟が宿っている。
「だから。」
「今日、全てを話そう。」
静かな声だった。
「世界が始まる前のことを。」
「私が隠し続けてきた神話を。」
シオンは何も言わず頷く。
その時だった。
世界樹オメガが静かに輝く。
サァァァァァ……
黄金の葉が舞い落ちる。
一枚。
また一枚。
その葉は地面へ落ちることなく、空中で円を描き始めた。
やがて。
巨大な魔法陣にも似た紋様が形成される。
始祖はその中心へ歩み寄った。
「この世界には。」
「創世以前の記憶を保存する場所がある。」
シオンは魔法陣を見つめる。
観測者の瞳でも解析できない。
世界海とも違う。
GENESISとも違う。
もっと古い法則で構成されていた。
「ここは……。」
始祖は静かに答える。
「《神話の入口》。」
「世界が生まれる前。」
「神々だけが歩くことを許された記憶の回廊だ。」
その言葉が終わると同時に。
黄金の紋様がゆっくりと回転を始める。
ゴォォォォォォォ……
空間そのものが歪む。
新世界の景色が少しずつ溶けていく。
その奥には。
星空でもない。
世界海でもない。
無数の光が流れ続ける巨大な空間が広がっていた。
シオンは息を呑む。
「また……世界の外か。」
始祖は苦笑した。
「正確には。」
「世界になる前の場所だ。」
静寂。
その時。
エルディアが世界樹の中から静かに姿を現した。
先ほどまで眠っていた少女。
しかし今は半透明だった。
完全には目覚めていない。
「シオン。」
小さな声。
「行くの?」
シオンは優しく笑う。
「ああ。」
少女は少しだけ寂しそうに笑う。
「また帰ってきてね。」
「約束だ。」
シオンは迷わず答えた。
「約束する。」
少女も小さく頷く。
その笑顔を見届けた始祖は静かに前を向く。
「では行こう。」
「ここから先は。」
「私ですら思い出したくない場所だ。」
シオンは《オブザーバー・レガリア》を腰へ納める。
そして。
始祖と並んで黄金の紋様へ足を踏み入れた。
瞬間。
世界が白く染まる。
身体が光へ変わる。
時間も。
空間も。
生命さえ意味を失っていく。
耳元で。
誰かの笑い声が聞こえた。
優しい笑い声。
懐かしい声。
しかし。
始祖だけは表情を曇らせていた。
「……まだ残っていたのか。」
誰へ向けた言葉なのか。
シオンには分からない。
やがて光が晴れる。
二人の前には。
果てしなく続く白い階段が広がっていた。
階段の両側には巨大な石像が並ぶ。
始祖。
クロノス。
アダム。
そして。
まだ見たことのない神々の像。
全部で七体。
シオンはゆっくりその像を見上げる。
「七人……。」
始祖は静かに頷いた。
「世界を創った者は。」
「私一人ではない。」
その一言が。
これから始まる”失われた神話”の幕開けを告げていた。




