新たなる使命
花畑の空が裂けた。
ズガァァァァァァァァァァン――――!!
青空は漆黒へ染まり、世界樹オメガの精神世界に巨大な亀裂が走る。
そこから降り注ぐ無数の黒い鎖。
一本一本が世界そのものを拘束する概念の鎖だった。
エルディアは小さく身体を震わせる。
「また……来た……。」
黄金の瞳には恐怖が映っていた。
一億七千万年。
眠り続ける彼女を苦しめ続けた悪夢。
その正体が、今まさに姿を現そうとしている。
シオンは一歩前へ出る。
蒼銀の《オブザーバー・レガリア》を静かに構えた。
「もう大丈夫だ。」
短い言葉だった。
「今度は俺がいる。」
エルディアは震える瞳でシオンを見る。
その言葉だけで、少女の震えは少しだけ収まった。
その時だった。
亀裂の奥から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
黒い長衣。
銀色の長髪。
顔は黒い仮面で隠されている。
しかし、その両眼だけが深紅に輝いていた。
始祖でもない。
クロノスでもない。
観測者の記録にも存在しない未知の存在。
男は静かに笑う。
『最後の観測者。』
『予想より早く辿り着いたな。』
シオンは剣先を向ける。
「お前は誰だ。」
男はゆっくり首を傾げる。
『名など意味はない。』
『だが、お前達にはこう呼ばれていた。』
静寂。
『初代管理者。』
世界が止まった。
シオンの瞳が揺れる。
初代管理者。
創造主より前。
現在の管理者機構の始まり。
その存在が、目の前に立っていた。
外の世界。
始祖もその気配を感じ取る。
黄金の瞳が大きく見開かれる。
「……アダム。」
その名を呼ぶ声は驚きに満ちていた。
男は静かに微笑む。
『久しいな。』
『創世神。』
始祖は拳を握る。
「消えたはずだ。」
『消えてはいない。』
『待っていたのだ。』
赤い瞳がシオンへ向く。
『最後の観測者が生まれる日を。』
シオンは静かに構えを崩さない。
「何が目的だ。」
アダムは世界樹を見上げる。
眠りから目覚め始めたエルディア。
純白の花。
黄金の光。
全てを見渡しながら答える。
『世界は完成しなかった。』
『始祖は生命を選び。』
『クロノスは忘却を選んだ。』
『私は秩序を選んだ。』
静かな声だった。
怒りも憎しみもない。
ただ、自らの使命だけを語るような口調。
『だから私は管理者を創った。』
『世界を監視し。』
『均衡を保つためにな。』
シオンはその言葉を聞きながら思う。
まただ。
創造主も。
クロノスも。
イグニスも。
皆、世界を守ろうとしている。
守り方が違うだけだ。
だから争いは終わらない。
その時だった。
エルディアがシオンの服を小さく掴む。
「……いや。」
涙を流しながら首を振る。
「また眠るのは……いや。」
その小さな願いが胸へ突き刺さる。
シオンは優しく微笑んだ。
「眠らなくていい。」
「君は生きろ。」
その一言だった。
世界樹オメガ全体が黄金に輝く。
ドォォォォォォォォォン――!!
精神世界の花々が一斉に咲き誇る。
外の新世界でも、純白の花が大地一面に広がっていく。
始祖は涙を流した。
「……初めてだ。」
「世界樹が。」
「生命を選んだ。」
アダムは静かにシオンを見る。
赤い瞳に、初めて興味の色が宿る。
『なるほど。』
『お前は歴代観測者とは違う。』
『世界か。』
『命か。』
『その二択を選ばない。』
シオンは剣を下ろすことなく答える。
「そんな選択肢しかない世界なら。」
「俺が変える。」
静寂。
アダムは小さく笑った。
『面白い。』
『ならば証明してみせろ。』
『最後の観測者。』
男の身体が黒い粒子となって消え始める。
『次に会う時。』
『世界群すべての運命が決まる。』
最後に赤い瞳だけが輝く。
『その時を楽しみにしている。』
完全に姿が消える。
花畑へ静寂が戻った。
エルディアはシオンを見上げる。
「ありがとう。」
心からの笑顔だった。
シオンはその手を優しく握る。
「迎えに来る。」
「約束だ。」
少女は力強く頷いた。
「うん。」
その約束は、新世界だけではない。
すべての世界を変える約束となる。
外の世界では、始祖が静かに空を見上げていた。
「世界は。」
「ようやく新しい未来を選び始めた。」
シオンは精神世界から現実へ戻る。
その瞳には、新たな覚悟が宿っていた。
最後の観測者として。
誰一人犠牲にしない世界を創るために。




