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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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232/312

失われた観測者

エルディア――。


その名が響いた瞬間。


世界樹オメガ全体が淡い黄金色に染まった。


ドクン――。


ドクン――。


巨大な鼓動が新世界全土へ響き渡る。


風が止む。


鳥たちが空で羽ばたきを止める。


川の流れさえ、一瞬だけ静止した。


まるで世界そのものが、一人の少女の目覚めを待っているようだった。


シオンは純白の幹を見つめる。


幾重にも重なった根の中心。


静かに眠る少女。


その姿は神々しく、それでいてどこか儚かった。


「……エルディア。」


シオンが小さく呟く。


始祖はゆっくりと世界樹へ歩み寄った。


黄金の瞳には深い悲しみが宿っている。


「随分……長い眠りだったな。」


その声は父親が娘へ語りかけるように優しかった。


イグニスは静かに目を閉じる。


「約一億七千万年。」


「彼女は、この世界を支え続けています。」


シオンは思わず振り返る。


「そんなに……。」


イグニスは頷く。


「世界は均衡を保つために核を必要とします。」


「世界樹アルファには世界核が存在しました。」


「しかし、新世界には世界核がありません。」


「その代わりに。」


仮面越しの視線が少女へ向けられる。


「エルディア自身が世界核となりました。」


静寂。


シオンは拳を握る。


「つまり。」


「この子が眠り続けないと世界は維持できないのか。」


イグニスは迷うことなく答える。


「はい。」


「彼女が目覚めれば。」


「世界樹オメガは崩壊し。」


「新世界は消滅します。」


始祖は苦しそうに目を閉じる。


「だから……。」


「私は眠らせた。」


シオンは始祖を見る。


「あなたが?」


始祖は静かに頷いた。


「あの頃の私は。」


「世界を守る方法を、それしか知らなかった。」


「最初の命。」


「最初の少女。」


「その一人を犠牲にすれば。」


「全てを守れると思っていた。」


黄金の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。


「……間違っていた。」


静かな告白だった。


その時。


純白の幹が微かに輝く。


眠るエルディアの指先が、小さく震えた。


シオンは息を呑む。


「動いた……。」


イグニスの表情が一変する。


「いけない!」


「これ以上近付かないでください!」


「彼女が目覚めれば均衡が崩れます!」


しかし。


シオンは一歩前へ踏み出した。


「待て。」


蒼い瞳は少女だけを見つめている。


観測者の権能が静かに発動する。


《観測開始》


無数の情報が流れ込む。


世界樹オメガ。


生命循環。


世界法則。


そして。


エルディアの記憶。


一瞬だった。


シオンの視界が白く染まる。


幼い少女。


花畑を笑顔で走る姿。


始祖に抱き上げられて笑う姿。


世界が生まれたばかりの頃。


幸せそうに笑っていた。


しかし。


次の記憶。


少女は泣いていた。


「お父さん。」


小さな声。


「私が眠れば。」


「みんな助かるの?」


始祖は答えられない。


ただ強く抱き締めることしかできなかった。


少女は涙を拭き。


小さく笑う。


「じゃあ。」


「眠るね。」


「みんなを守って。」


そこから先の記憶はなかった。


シオンは現実へ戻る。


拳が震えている。


「……そんな。」


始祖は俯いたまま動かない。


イグニスも静かに目を閉じている。


誰も悪ではなかった。


世界を守るため。


たった一人が眠ることを選んだ。


それだけだった。


その時。


眠っていたエルディアの唇が微かに動く。


誰にも聞こえないほど小さな声。


だが。


観測者となったシオンには、その言葉だけがはっきり届いた。


「……たすけて。」


静寂。


シオンの瞳が大きく見開かれる。


始祖もイグニスも気付いていない。


聞こえたのはシオンだけだった。


最後の観測者だけに届いた。


少女の本当の願い。


シオンは静かに《オブザーバー・レガリア》を握る。


そして。


誰にも聞こえないように、小さく呟いた。


「安心しろ。」


蒼い瞳に決意が宿る。


「今度は。」


「誰も犠牲にしない。」


その瞬間。


世界樹オメガの最深部で。


少女の閉じられていた右目から、一筋の涙が静かに零れ落ちた。


それは。


一億七千万年ぶりに流れた涙だった。

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