最後の文明
世界樹オメガ。
その名が告げられた瞬間だった。
ドクン――――。
村の地下から響く鼓動が一段と大きくなる。
大地が微かに震えた。
村人たちは何が起きているのか理解できず、不安そうに空を見上げる。
子どもたちは親の手を握りしめる。
家畜たちが落ち着きを失い、鳥たちは一斉に森へ飛び去った。
それでも。
誰一人として恐怖の理由を知らない。
シオンは少女を背中へ庇う。
「始祖。」
蒼い瞳が鋭く細められる。
「世界樹オメガって何だ。」
始祖は村の中央を見つめたまま答えた。
「世界樹アルファを知っているな。」
シオンは頷く。
第五百世界。
セレスティアを支えていた生命の象徴。
世界そのものを循環させる巨大な世界樹。
始祖は静かに続ける。
「アルファは生命を育む樹。」
「だが。」
黄金の瞳が僅かに揺れる。
「オメガは。」
「生命を終わらせるために存在する世界樹だ。」
静寂。
シオンは息を呑んだ。
「そんなものが……。」
「創ったのか?」
始祖は首を横へ振る。
「違う。」
「私ではない。」
「クロノスでもない。」
「世界そのものが生み出した。」
その答えにシオンは眉をひそめる。
始祖が創ったわけでもない。
クロノスでもない。
ならば誰が。
その時だった。
銀色の仮面を付けた男がゆっくりと時計塔から降りてくる。
足音一つ立てない。
まるで空中を歩いているようだった。
村人たちは呆然と見つめている。
誰も逃げない。
逃げ方を知らないのだ。
争いを知らないこの世界では。
恐怖という感情すら育っていない。
シオンは前へ出る。
「お前は何者だ。」
男は静かに一礼した。
「失礼しました。」
「私は《管理者イグニス》。」
「世界樹オメガの管理を任された者です。」
その名を聞いた瞬間。
始祖の表情が変わる。
「管理者……?」
信じられないという顔だった。
「まだ存在していたのか。」
イグニスは静かに笑う。
「はい。」
「創世以前から。」
「我々は存在しています。」
シオンが目を見開く。
「創世以前?」
始祖より前。
クロノスより前。
そんな存在がまだいるというのか。
イグニスは村を見渡した。
穏やかな笑顔。
笑い声。
畑。
花畑。
風車。
その全てを静かに眺める。
「美しい。」
小さく呟く。
「本当に美しい世界です。」
「だからこそ。」
仮面越しの瞳がシオンを見る。
「終わらせなければならない。」
その瞬間だった。
ズガァァァァァァァァン!!
村の中央広場が大きく割れる。
石碑《始まり》が真っ二つに砕け散る。
地下深くから。
黄金でもない。
黒でもない。
純白に輝く巨大な根が姿を現した。
一本。
二本。
十本。
百本。
無数の根が大地を突き破る。
村人たちは初めて悲鳴を上げた。
「な、何これ!」
「地面が!」
「逃げて!」
少女が震えながらシオンの服を掴む。
「お兄ちゃん……。」
シオンは優しく頭を撫でる。
「大丈夫。」
その一言だけで少女は少しだけ落ち着いた。
始祖は純白の根を見つめる。
「間違いない……。」
「世界樹オメガ。」
その声には深い悲しみが滲んでいた。
巨大な根はなおも成長を続ける。
やがて。
村の中央から一本の巨木が姿を現し始めた。
純白の幹。
黄金の葉。
しかし。
枝先から咲いている花だけは漆黒だった。
生命と死。
希望と終焉。
相反する概念を宿した巨大な樹。
シオンは観測者の瞳でその樹を見る。
すると。
無数の未来が一斉に流れ込んできた。
村が消える未来。
新世界が崩壊する未来。
始祖が倒れる未来。
そして。
ただ一つだけ。
全てを救える未来。
シオンはゆっくり《オブザーバー・レガリア》を抜いた。
蒼銀の刀身が静かに輝く。
「始祖。」
「この世界は。」
「俺が守る。」
始祖は少しだけ驚き。
そして穏やかに笑った。
「……頼もしくなったな。」
その瞬間。
世界樹オメガの最上部で。
一輪だけ咲いていた漆黒の花が。
ゆっくりと開花した。
同時に。
新世界全体へ終焉にも似た黒い波動が広がっていく。
世界最初の楽園は。
かつてない危機を迎えようとしていた。




