創世の決別
静寂だった。
始まりの回廊。
黄金の光と漆黒の闇。
二つの神威が対峙する。
その狭間に立つシオンは、呼吸を忘れていた。
目の前にいるのは神ではない。
神という概念を生み出した存在。
世界が誕生する以前から存在する二柱。
始祖。
そしてクロノス。
数億年という時間を越えた再会。
しかし。
そこに笑顔はなかった。
始祖は黄金の剣を静かに構える。
その刀身には無数の命が輝いていた。
生まれた生命。
笑い合う家族。
希望を繋ぐ者たち。
そのすべてが剣の中で鼓動している。
一方。
クロノスの黒剣には終わりが映っていた。
滅びゆく文明。
燃え落ちる都市。
涙を流す子ども。
絶望に染まる未来。
同じ世界を見ながら。
二人は真逆の答えへ辿り着いた。
始祖が静かに口を開く。
「まだ間に合う。」
穏やかな声だった。
「今なら世界を救える。」
クロノスは静かに笑う。
「救う?」
赤い瞳が細くなる。
「何度その言葉を聞いただろう。」
黒い剣を肩へ担ぐ。
「世界は救われない。」
「命ある限り争いは終わらない。」
「歴史が続く限り悲劇は繰り返される。」
始祖は首を横へ振る。
「それでも。」
「命は前へ進む。」
「苦しみだけじゃない。」
「人は希望も残せる。」
クロノスは笑みを消した。
「……希望か。」
その一言だけで。
始まりの回廊全体へ黒い霧が広がる。
「私は見続けた。」
「一つ目の世界。」
「十番目の世界。」
「百番目。」
「千番目。」
「一万番目。」
「何億という世界。」
「全部同じだった。」
赤い瞳が静かに揺れる。
「最初は信じていた。」
「いつか完璧な世界が生まれると。」
「だが。」
黒い剣が震える。
「結果はどうだ。」
クロノスは始祖を見つめた。
「終焉。」
「戦争。」
「裏切り。」
「滅亡。」
「同じ結末しかない。」
静寂。
その言葉には怒りがなかった。
憎しみもなかった。
ただ。
果てしない疲労だけがあった。
シオンはその横顔を見つめる。
敵なのに。
どこか悲しく見えた。
始祖もまた目を閉じる。
「私は知っている。」
「お前が誰よりも世界を愛していたことを。」
クロノスは何も答えない。
「だからこそ。」
始祖は剣を下ろした。
「もう終わりにしよう。」
「一緒に世界を守ろう。」
静寂。
長い沈黙が流れる。
クロノスはゆっくり顔を上げた。
赤い瞳には涙が浮かんでいた。
「……遅い。」
小さな声だった。
「もう遅いんだ。」
その瞬間。
黒い剣から膨大な闇が噴き出した。
ズガァァァァァァァァァァン――――!!
始まりの回廊が激震する。
無数の柱が砕け始める。
オルディスが叫ぶ。
「封印が崩れます!」
クロノスは静かに告げた。
「私はもう止まれない。」
「世界は。」
「一度すべて忘れなければならない。」
「記憶も。」
「歴史も。」
「命も。」
「全部。」
始祖の黄金の瞳が悲しみに揺れる。
「……クロノス。」
その名を呼ぶ声は。
戦う相手へのものではなかった。
長い時を共に歩んだ。
かけがえのない友への呼びかけだった。
しかし。
クロノスは静かに剣を構える。
「来い。」
「創世神。」
「今日で終わらせよう。」
始祖も黄金の剣を握る。
「……ああ。」
「もう逃げない。」
二柱が同時に踏み込む。
黄金。
漆黒。
二つの神威が正面から激突した。
ガァァァァァァァァァァァン――――!!
その衝撃は。
世界海を越え。
始まりの回廊を越え。
無数の世界へ伝播していく。
シオンは目を見開いた。
これこそが。
すべての神話。
すべての戦争。
すべての悲劇。
その原点となった。
世界最初の戦いだった。
そして。
二柱の剣がぶつかった瞬間。
始まりの回廊の最奥で。
誰にも気付かれることなく。
第三の鼓動が静かに響いた――。
ドクン。




