始祖との対話
始まりの回廊へ静寂が戻った。
先ほどまで崩壊していた黒い柱は、まるで何事もなかったかのように佇んでいる。
だが。
柱の中央には一本の亀裂が残っていた。
消えていない。
つまり。
先ほどの出来事は幻ではなかった。
シオンはその亀裂を見つめる。
赤い瞳。
忘却の神殿。
始祖より前の時代。
あまりにも情報が多すぎる。
「……まだ終わってないな。」
その時だった。
ゴォォォォォォォ……
始まりの回廊全体が微かに震え始める。
一本。
また一本。
黄金の柱が次々と光を放つ。
無数の世界の記録が同時に共鳴していた。
オルディスが目を見開く。
「まさか……。」
老人の声が震える。
「始祖様が。」
「直接こちらへ……。」
静寂。
回廊の最奥。
眩い黄金の光が集まり始める。
ゆっくりと。
一人の青年の姿が形作られていく。
黄金の長髪。
純白の衣。
澄み切った黄金の瞳。
創世の記録で見た姿。
間違いない。
世界を創った最初の存在。
始祖だった。
シオンは静かに見つめる。
敵意はない。
だが。
圧倒的な存在感。
ただ立っているだけで、回廊全体が祝福されているようだった。
始祖はゆっくり微笑む。
「初めまして。」
穏やかな声。
優しさに満ちた声だった。
「最後の観測者。」
シオンは剣に添えた手を離さない。
「……あんたが始祖か。」
始祖は小さく頷く。
「ああ。」
「君達はそう呼んでいるね。」
その言い方に違和感を覚える。
まるで。
その名が本当の名前ではないかのようだった。
シオンは真っ直ぐ問い掛ける。
「俺をここへ呼んだ理由は何だ。」
始祖は少しだけ空を見上げる。
空ではない。
世界すら存在しない神域。
それでも懐かしそうな表情だった。
「君に謝りたかった。」
その一言に。
シオンは目を細める。
「謝る?」
「そう。」
始祖は静かに笑う。
「第五百世界。」
「創造主。」
「終焉。」
「五百人の黒星王。」
「君達は、本来戦う必要がなかった。」
静寂。
オルディスも息を呑む。
シオンは一歩前へ出た。
「どういう意味だ。」
始祖は黄金の瞳を閉じる。
そして。
長い沈黙の後、静かに語り始めた。
「私は世界を創った。」
「生命を創った。」
「時間を創った。」
「未来を創った。」
「だが。」
その声が少しだけ沈む。
「一つだけ創れなかったものがある。」
シオンは黙って聞いていた。
「完全な世界だ。」
黄金の瞳がゆっくり開く。
そこには深い悲しみが宿っていた。
「どれだけ世界を創っても。」
「どれだけ生命を生み出しても。」
「必ず滅びが訪れる。」
「争い。」
「憎しみ。」
「絶望。」
「終焉。」
「それらは世界と共に生まれてしまう。」
シオンは拳を握る。
始祖は続けた。
「だから私は。」
「世界を観測する者を必要とした。」
「世界を書き換える者ではない。」
「支配する者でもない。」
「最後まで見届ける者。」
「それが観測者だった。」
静寂。
シオンはゆっくり口を開く。
「俺達は。」
「そのために戦ってきたのか。」
始祖は静かに首を横へ振る。
「違う。」
その一言だった。
「私は誰にも戦わせたくなかった。」
「だが。」
始祖の黄金の瞳が僅かに揺れる。
「私の願いは。」
「ある男によって歪められた。」
回廊に重い沈黙が流れる。
シオンは思い出す。
忘却の神殿。
赤い瞳。
始祖より前の時代。
「あいつか。」
始祖は初めて険しい表情を見せた。
「ああ。」
「彼こそが。」
「全ての始まりであり。」
「全ての悲劇の始まりだった。」
その瞬間。
始まりの回廊全体へ激しい警報のような振動が走る。
ズガァァァァァァァァァン――!!
一本。
二本。
三本。
無数の柱へ黒い亀裂が広がっていく。
オルディスが叫ぶ。
「始祖様!」
「封印が破られます!」
始祖は静かに振り返る。
黄金の瞳に覚悟が宿る。
「……もう来たか。」
シオンも回廊の奥を見る。
そこには。
漆黒の霧がゆっくりと広がっていた。
その霧の中で。
二つの赤い瞳だけが静かに輝いている。
そして。
その人物は一歩だけ前へ踏み出した。
「久しぶりだな。」
低い声が響く。
「創世の神よ。」
始祖の表情から笑みが消える。
静かにその人物を見つめながら。
たった一言だけ告げた。
「……クロノス。」
その名が発せられた瞬間。
始まりの回廊は、かつてない激震に包まれた。




