創世の記録
黒い柱は静かに脈打っていた。
ドクン――。
まるで心臓のように。
回廊全体へ低い鼓動が響く。
シオンはゆっくりと近付いていく。
柱から溢れる黒い粒子は空中へ舞い上がり、やがて光へ変わって消えていく。
その様子を見ながら、オルディスは静かに口を開いた。
「この柱だけが例外です。」
白い瞳が黒い柱を見つめる。
「他の柱は世界の”記録”を保存しています。」
「ですが、この柱は違う。」
「ここには、歴史そのものが封印されています。」
シオンは立ち止まった。
「歴史そのもの?」
「はい。」
オルディスはゆっくり頷く。
「この柱の中には、誰にも語られることのなかった最初の時代が眠っています。」
静寂。
シオンは柱へ右手を伸ばす。
触れた瞬間だった。
ゴォォォォォォォォォォ……
黒い柱が眩く輝く。
いや。
正確には黒い外殻が剥がれ落ちていく。
闇の奥から現れたのは、透き通るような蒼い結晶だった。
「これは……。」
シオンの胸に宿る観測者の紋章が共鳴する。
ドクン――。
ドクン――。
鼓動が重なる。
次の瞬間。
世界が反転した。
視界が白へ染まる。
足元が消える。
身体が光へ溶けていく。
そして。
気付けばシオンは、一面の白い大地へ立っていた。
何もない。
空もない。
海もない。
山もない。
生命の気配すら存在しない。
完全なる無。
その世界に。
たった二人だけが立っていた。
一人は、黄金の長衣を纏う青年。
もう一人は、漆黒の衣を纏う青年。
二人は互いに向き合っている。
敵意はない。
憎しみもない。
ただ静かに微笑み合っていた。
シオンは息を呑む。
「始祖……。」
黄金の青年。
間違いない。
世界海で見たあの気配。
全ての始まり。
始祖だった。
だが。
隣に立つ黒衣の青年からも、同じほどの存在感を感じる。
「もう一人……?」
オルディスの声が聞こえる。
姿は見えない。
だが、声だけが響く。
「これは創世以前の記録。」
「まだ世界という概念すら存在しなかった頃の真実です。」
シオンは黙って見つめる。
黄金の青年が笑う。
「そろそろ始めよう。」
穏やかな声だった。
黒衣の青年も頷く。
「ああ。」
「長かったな。」
二人は同時に空を見上げる。
空ではない。
何も存在しない白い世界。
そこへ。
黄金の青年が右手を掲げた。
瞬間。
無数の光が生まれる。
星。
空間。
時間。
命。
未来。
可能性。
ありとあらゆる概念が、光となって溢れ出した。
シオンは目を見開く。
「世界が……生まれる。」
その光景は、あまりにも美しかった。
何もない場所から。
宇宙が生まれる。
銀河が生まれる。
数え切れない世界が生まれる。
世界海が形を成す。
その全てを。
たった二人で創り上げていた。
「創造主じゃない……。」
シオンは小さく呟く。
「もっと前だ。」
オルディスの声が応える。
「そうです。」
「創造主とは役目を継いだ者。」
「最初に世界を創った存在ではありません。」
静寂。
始祖は静かに微笑む。
「これで終わりじゃない。」
そう言って。
黒衣の青年へ右手を差し出した。
「一緒に見届けよう。」
黒衣の青年も笑う。
「ああ。」
二人の手が重なる。
その瞬間。
眩い光が世界全体へ広がった。
だが。
次の瞬間だった。
パキッ――。
小さな音が響く。
始祖の表情が変わる。
黒衣の青年も振り返る。
白い世界の遥か彼方。
光ではない。
闇でもない。
理解できない”何か”が生まれようとしていた。
それを見た始祖が、初めて険しい表情を浮かべる。
「……来たか。」
黒衣の青年も静かに頷いた。
「予想より早い。」
シオンは息を呑む。
何だ。
あれは。
始祖が警戒する存在。
世界誕生よりも古い異変。
その瞬間。
映像が激しく揺らぎ始めた。
世界が崩れる。
創世の記録そのものが乱されていく。
オルディスが叫ぶ。
「戻ってください!」
「誰かが記録へ干渉しています!」
シオンが振り返る。
黒い柱の表面へ。
一本の大きな亀裂が走っていた。
そして。
その亀裂の奥から。
真っ赤な瞳だけが静かにこちらを見つめていた。
その瞳は。
始祖のものではなかった。




