始祖の権能
黄金だった。
世界海を埋め尽くすほどの眩い光。
それは温かな光ではない。
生命を育む光でもない。
全てを”始まり”へ戻すための光だった。
シオンの視界は純白に染まる。
上下も。
時間も。
空間も。
存在という概念さえ曖昧になっていく。
『後退してください!!』
ノアの声が響く。
だが。
もう遅かった。
黄金の光はアビス・イーターの胸部から解き放たれ、世界海そのものを書き換え始めていた。
ズォォォォォォォォォォ……
銀色の海面が黄金へ染まる。
近くに浮かぶ小世界が一つ。
また一つ。
光へ包まれていく。
シオンは歯を食いしばった。
「これは……!」
アインが叫ぶ。
「始祖の権能です!」
「世界を破壊する力ではありません!」
「世界を”創られる前”へ戻す力です!」
静寂。
シオンはその意味を理解した。
終焉は滅ぼす。
創造主は創る。
だが。
始祖は違う。
存在そのものを、始まり以前へ巻き戻す。
そこには死もない。
生もない。
最初から存在しなかったことになる。
だから恐ろしい。
その時だった。
一つの小世界が黄金の光に呑み込まれる。
生命が消える。
都市が消える。
空が消える。
何も壊れていない。
何も燃えていない。
ただ。
最初から存在しなかったかのように、静かに消えていく。
シオンは目を見開いた。
「やめろ!」
反射的に飛び出す。
アストラル・アークから飛び降り。
世界海を駆ける。
蒼い観測者の光が尾を引いた。
アビス・イーターが振り向く。
無数の黄金の瞳。
全てがシオンだけを映している。
『■■■■■■』
咆哮。
黒い剣が振り下ろされる。
ズガァァァァァァァァァァン!!
世界海が真っ二つに裂けた。
だが。
シオンは止まらない。
蒼銀の《オブザーバー・レガリア》を構え、一気に懐へ飛び込む。
「届け!」
剣が閃く。
蒼い一閃。
アビス・イーターの胸部を狙う。
しかし。
ガギィィィィィィィン!!
火花ではない。
世界そのものが弾け飛ぶ。
漆黒の装甲は一切傷付かなかった。
シオンの表情が変わる。
「硬い……!」
その瞬間。
アビス・イーターの胸部から黄金の鎖が飛び出した。
何百本。
何千本。
無数の鎖。
生き物のように蠢きながらシオンへ襲い掛かる。
シオンは空中で身体を捻る。
一本。
二本。
十本。
次々と斬り裂く。
だが。
斬ったはずの鎖はすぐ再生する。
終わりがない。
「くっ……!」
一本の鎖が左腕へ絡み付く。
瞬間。
激痛が走った。
「っ!」
肉体ではない。
魂でもない。
観測者としての存在そのものが削られていく。
シオンは初めて膝をついた。
アインが悲鳴を上げる。
「駄目です!」
「その鎖は観測者を封じる《起源の鎖》!」
「切れません!」
シオンは歯を食いしばる。
左腕から蒼い光が少しずつ失われていく。
観測者の権能が弱まる。
世界海の波が荒れ始めた。
その時だった。
ノアが静かに告げる。
『観測者シオン・アルヴィス』
『権限を一時解放します』
世界海全体が蒼く輝く。
アストラル・アークの船体が共鳴する。
歴代観測者達の記録。
五百人の黒星王達の記憶。
創造主の願い。
終焉の涙。
その全てがシオンの中へ流れ込んでくる。
蒼い瞳が今まで以上に輝いた。
ドクン――。
世界海が応える。
『最終観測権限』
『一時解放』
シオンの左腕を縛る黄金の鎖が。
一瞬だけ静止した。
「今だ!」
蒼銀の剣を握り直す。
最後の観測者は再び立ち上がる。
その瞳には、揺るぎない覚悟だけが宿っていた。




