始祖の使者
世界海は静まり返っていた。
無数の世界が浮かぶ銀色の海。
その全てが。
たった一つの存在へ意識を向けている。
ノア。
観測者管理機構。
世界群を監視する超越存在。
創造主ですら知らなかった領域の支配者。
その声が。
世界海全域へ響いていた。
『シオン・アルヴィス』
『ようやく会えた』
静かな声。
だが。
その一言だけで世界が震える。
シオンは黙ったまま巨大な光を見つめる。
観測者となった今でも。
正体を読み取れない。
輪郭が存在しない。
未来も見えない。
過去も見えない。
存在そのものが観測の外側にあった。
案内者は膝をついたままだった。
頭を上げようとしない。
敬意。
畏怖。
崇拝。
その全てが混ざった態度だった。
シオンは小さく息を吐く。
「俺を知ってるみたいだな」
巨大な光が脈動する。
ドクン――
世界海が揺れる。
『当然』
静かな返答。
『第五百世界の観測者』
『黒星王シオン・アルヴィス』
『管理対象個体』
シオンの眉が僅かに動く。
管理対象。
その言葉は好きではなかった。
まるで道具のようだ。
まるで実験動物のようだ。
ノアは続ける。
『第五百世界は特異点だった』
『五百回の世界再構築』
『五百回の終焉』
『五百回の観測』
『全て想定外』
静寂。
シオンは腕を組む。
「つまり」
蒼い瞳が細くなる。
「俺達は失敗作だったのか」
案内者の表情が変わる。
だが。
ノアは否定しなかった。
数秒の沈黙。
そして。
『違う』
世界海が静まる。
『唯一の成功例だ』
その瞬間だった。
シオンの表情が変わる。
世界海の無数の光球が同時に輝く。
一つ。
また一つ。
さらに一つ。
その全てに共通するものがあった。
滅び。
世界崩壊。
文明消滅。
終焉。
シオンは目を見開く。
どの世界も。
滅びに向かっていた。
案内者が静かに告げる。
「観測世界の九割以上は終焉へ向かいます」
静かな声。
「多くは百年以内」
「長くても数千年」
「必ず崩壊します」
世界が静まる。
シオンは無数の世界を見る。
戦争。
疫病。
環境崩壊。
神々の暴走。
機械文明の反乱。
理由は違う。
だが結末は同じ。
滅び。
それが現実だった。
ノアの声が響く。
『第五百世界だけが違った』
巨大な光が脈動する。
『終焉を超えた』
『世界再生を成功させた』
『新たな観測者を誕生させた』
静寂。
『だから私は興味を持った』
その言葉に。
シオンは違和感を覚える。
興味。
観測者管理機構。
世界群の支配者。
そんな存在が。
ただ興味で動くのか。
その時だった。
世界海の奥で何かが動く。
ゴォォォォォォォ……
巨大な影。
無数の世界より巨大な何か。
シオンの表情が変わる。
観測者としての本能が警鐘を鳴らす。
危険。
圧倒的危険。
今まで感じたことのない脅威。
ノアの声が重くなる。
初めてだった。
感情が混じったのは。
『時間がない』
世界海が震える。
無数の世界が揺れる。
案内者が顔を上げる。
黄金の瞳に緊張が宿る。
『始祖が目覚めた』
静寂。
その一言で。
空気が変わった。
創造主より上。
終焉より上。
観測者管理機構ですら警戒する存在。
シオンは蒼い瞳を細める。
「始祖?」
巨大な影が再び動く。
世界海の彼方で。
無数の世界を覆い隠すほどの存在が。
ゆっくりと目を開こうとしていた。
そしてノアは。
静かに告げる。
『全ての世界を生み出した最初の存在』
『世界群の創造者』
『GENESIS計画の起点』
巨大な光が揺れる。
世界海が震える。
シオンは初めて理解する。
創造主ですら本当の創造主ではなかった。




