世界の外側
観測者になってから。
時間という感覚は曖昧になった。
朝も夜もない。
季節もない。
空腹もない。
眠気もない。
ただ。
無限の世界が流れている。
それだけだった。
シオンは観測の座に腰掛けたまま静かに目を閉じる。
意識を向ければ見える。
王都セレスティア。
復興を進める人々。
市場を走り回る子供達。
酒場で騒ぐ冒険者達。
兵士達の訓練風景。
全部見える。
全部聞こえる。
ルナリアの姿も。
クロノの姿も。
仲間達の姿も。
誰もが前を向いて歩き始めていた。
それを見て。
シオンは少しだけ安心する。
自分がいなくても。
世界は進んでいく。
寂しい気持ちもあった。
だが同時に。
嬉しくもあった。
その時だった。
ドクン――
胸の奥で黒星晶が脈打つ。
観測者となった今でも残る最後の黒星晶。
その光が突然揺れた。
シオンは目を開く。
違和感。
今まで感じたことのない感覚。
敵意ではない。
殺気でもない。
もっと根源的な何か。
世界の外から。
こちらを見ている。
シオンは立ち上がる。
蒼い瞳が宇宙の果てを見据える。
そこに。
扉があった。
蒼白く輝く巨大な扉。
いつ現れたのか分からない。
観測者になった瞬間からそこにあった気もする。
だが。
確実に言えることが一つある。
あれは異物だ。
セレスティア世界のものではない。
創造主の記録にも存在しない。
終焉の記憶にもない。
世界核にも登録されていない。
つまり。
世界の外側から来た存在。
シオンはゆっくり近付く。
観測者権限を展開する。
無数の情報が流れ込む。
だが。
何も解析できない。
何も見えない。
まるで存在そのものが観測を拒絶しているようだった。
「面倒な奴だな」
小さく呟く。
すると。
扉が反応した。
ゴォォォォォ……
静かな振動。
宇宙そのものが共鳴する。
シオンの瞳が細くなる。
次の瞬間。
声が響いた。
『観測者確認』
低い声。
男とも女とも分からない声。
『第五百世界』
『観測者個体確認』
静寂。
シオンは即座に答えない。
相手の出方を待つ。
昔からそうだった。
知らない敵に対して慌てるほど愚かではない。
『応答を要求』
再び声が響く。
シオンは腕を組む。
「断ったら?」
少し意地悪く返す。
すると。
数秒の沈黙。
そして。
『想定外回答』
思わずシオンは吹き出した。
「なんだそれ」
『再演算』
『再演算完了』
『応答を推奨』
そのやり取りに。
どこか人間らしさを感じる。
少なくとも。
機械ではなさそうだった。
シオンは肩を竦める。
「で?」
「誰だお前」
扉が微かに輝く。
そして。
静かな声が返ってくる。
『私はノア』
『世界群観測管理機構』
『外部世界監察官』
世界が静まる。
聞いたことのない単語。
知らない組織。
知らない存在。
だが。
シオンは直感した。
この扉の先に。
創造主すら知らない真実がある。
終焉ですら辿り着けなかった領域がある。
そして。
その答えは。
自分が観測者になった理由にも繋がっている。
『質問』
ノアが言う。
『観測者シオン・アルヴィス』
『あなたは世界の外側を知りたいですか』
静寂。
シオンは扉を見る。
遥か後方にはセレスティアが見える。
守り抜いた世界。
失いたくなかった未来。
その全てがある。
だからこそ。
知らなければならない。
世界はなぜ生まれたのか。
創造主とは何だったのか。
終焉はどこから来たのか。
そして。
なぜ自分だけが観測者になったのか。
シオンは小さく笑う。
「愚問だな」
蒼い瞳が輝く。
「知りたいに決まってる」
その瞬間。
巨大な扉がゆっくりと開き始めた。
世界の外側へ続く道が。
静かに姿を現した。




