「黒星王覚醒」【後編②】
ー星喰いの瞳ー
空が裂けた。
まるで世界そのものに傷が入ったかのように。
夜空の中央。
黒い亀裂が広がり、その向こう側から巨大な赤い瞳が現れる。
あまりにも巨大だった。
月など比較にならない。
アストレア全域を見下ろすほどの大きさ。
それは生物という概念から逸脱した存在だった。
世界の外側から覗き込む何か。
星喰い。
その本体。
人々の悲鳴が上がる。
教団兵達が震える。
研究員達は言葉を失う。
防衛隊ですら武器を握る手が震えていた。
本能が理解している。
あれは戦ってはいけないものだと。
セラフィナも空を見上げていた。
感情を失ったはずの少女の瞳に、はっきりと動揺が浮かぶ。
「星喰い……」
その名を口にした瞬間。
巨大な瞳がゆっくりと動いた。
そして。
真っ直ぐシオンを見る。
全身が凍るような感覚。
だがシオンは逸らさなかった。
黒い瞳で見返す。
すると。
世界が静止した。
音が消える。
風も止まる。
誰の声も聞こえない。
気が付けば、シオンは真っ白な空間に立っていた。
どこまでも続く白。
天も地もない。
ただ無限の空間。
その中央に、一人の男が立っていた。
黒いローブ。
長い銀髪。
そして紅い瞳。
男は静かに微笑んだ。
「久しぶりだな」
シオンは眉をひそめる。
「誰だ」
男は答えない。
代わりに空を見上げた。
「今回のお前は随分長く生きた」
その言葉に違和感を覚える。
今回。
まるで何度も会っているような口ぶりだった。
「何の話だ」
男は苦笑する。
「忘れているのか」
そして。
ゆっくりと告げた。
「お前はこれで七度目だ」
沈黙。
シオンの思考が止まる。
「……何?」
男は続ける。
「六回滅びた」
「六回失敗した」
「六回世界を救えなかった」
その言葉と同時に。
無数の映像が流れ込んできた。
燃え上がる空。
崩壊する大地。
死んでいく仲間達。
泣いているルナリア。
倒れるガルド。
血まみれのアリア。
そして。
黒星王となった自分。
何度も。
何度も。
何度も。
世界の終わりを見ている。
シオンは頭を押さえた。
「やめろ……!」
激痛。
脳が焼けるようだった。
男は悲しそうに見つめる。
「お前は毎回選んだ」
「世界を救うことを」
「そして毎回失敗した」
シオンの呼吸が乱れる。
「ふざけるな」
男は何も言わない。
「そんな記憶知らねぇよ」
「知らなくて当然だ」
男は静かに答える。
「お前自身が消したからだ」
沈黙。
男の瞳に深い悲しみが宿る。
「耐えられなかったんだろう」
「何度も仲間を失うことが」
「何度も世界が壊れることが」
「何度も希望が絶望に変わることが」
シオンは拳を握る。
理解したくなかった。
認めたくなかった。
だが。
心のどこかで分かっていた。
だから初めて見るはずの景色が懐かしかった。
だから知らないはずの夢を何度も見た。
だから黒星晶は自分を選んだ。
男は静かに問う。
「今回も救うか?」
その問いは重かった。
世界を救う。
言葉にすれば簡単だ。
だが。
六回失敗している。
もしそれが本当なら。
今回も失敗する可能性が高い。
男は続ける。
「諦めるなら終わらせてやる」
赤い瞳が輝く。
「苦しみはなくなる」
「世界も終わる」
「お前も解放される」
甘い誘いだった。
全てを終わらせる選択。
だが。
シオンは顔を上げた。
そして笑った。
「断る」
男が目を細める。
「理由は?」
シオンは即答した。
「まだ諦めてねぇからだ」
男が沈黙する。
シオンは続ける。
「たとえ六回失敗してても」
「七回目は違うかもしれねぇ」
「そうだろ?」
静かな空間に声が響く。
「ルナリアがいる」
「ガルドがいる」
「エリナがいる」
「アリアもいる」
「仲間がいるんだよ」
男は目を閉じた。
そして。
小さく笑った。
どこか嬉しそうに。
「やはり変わらないな」
その姿が光になり始める。
「それでこそ観測者だ」
シオンが叫ぶ。
「待て!」
男は振り返る。
「お前は誰なんだ!」
光の中で。
男は最後に答えた。
「未来のお前だ」
世界が砕けた。
白い空間が崩壊する。
現実へ引き戻される。
気が付けば。
アストレアの空だった。
戦場の真ん中。
時間はほとんど経っていない。
だが。
シオンの中では永遠にも感じられた。
その瞬間。
星喰いの瞳が笑った。
『なるほど』
世界中に声が響く。
誰の頭にも直接。
『今回は面白い』
教団軍が震える。
セラフィナが剣を握る。
レオニクスが息を呑む。
星喰いは続けた。
『ならば見せてみろ』
『最後の観測者』
巨大な瞳が開く。
その中心から。
黒い光が溢れ出した。
空間が裂ける。
世界の外側から何かが現れようとしていた。
ガルドが叫ぶ。
「来るぞ!!」
アリアが短剣を番。
ルナリアが結界を展開する。
エリナが矢を番える。
そして。
シオンは空へ飛び上がった。
黒い粒子を纏いながら。
黒星王として。
最後の観測者として。
仲間達を守るために。
星喰いの眷属ではない。
今までとは比べ物にならない巨大な影が、裂け目の向こうから姿を現し始める――。




