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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE

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19/51

「黒星王覚醒」【後編①】

《黒き王の降臨》


アストレアの空が静まり返っていた。


戦場にいた全員が動きを止めている。


教団兵も。


防衛隊も。


研究者も。


七星将でさえも。


誰一人として声を出せなかった。


世界樹から放たれる黒い光。


それは禍々しいはずなのに、なぜか美しかった。


夜空に溶ける漆黒の粒子。


王冠のように浮かぶ黒星晶。


そして、その中心に立つ一人の少年。


シオン・アルヴィス。


だが今の彼は、誰も知るシオンではなかった。


まるで世界そのものを見下ろす観測者。


何千年。


何万年。


いや、何億年もの時間を見続けてきたような瞳。


静かな圧力がアストレア全土を包み込んでいた。


誰も膝をつけとは言われていない。


それでも人々は無意識に息を呑み、彼を見上げていた。


「シオン……」


ルナリアが震える声で呟く。


その姿は確かにシオンだった。


顔も。


声も。


身体も。


何も変わっていない。


なのに違う。


決定的に。


まるで別人だった。


エリナが小さく後退る。


「な、何あれ……」


怖かった。


初めてだった。


シオンを見て恐怖を感じたのは。


だが同時に、不思議な安心感もあった。


世界を壊せる力。


なのに世界を守ろうとしている。


そんな矛盾した存在。


ガルドは大剣を肩に担ぎながら空を見上げる。


そして笑った。


「ははっ」


豪快な笑い声。


周囲が振り返る。


「やっぱり面白ぇな」


ガルドの瞳には恐怖がなかった。


ただ純粋な興奮だけがあった。


「最初から普通じゃねぇと思ってたが」


彼は空のシオンを指差した。


「想像以上だったぜ」


レオニクスは黙っていた。


蒼い瞳が細くなる。


何十年。


いや、何百年。


彼はずっと待っていた。


黒星王。


最後の観測者。


何度滅んでも現れる存在。


世界の終焉を見届け続けた男。


神話の中だけの存在だと思われていたものが、今こうして目の前にいる。


レオニクスは静かに呟いた。


「やはり君だったか」


その声には歓喜と恐怖が混ざっていた。


救世主か。


破壊者か。


まだ誰にも分からない。


だが一つだけ確かなことがある。


この瞬間から。


世界は変わる。


もう後戻りはできない。


その時だった。


上空。


セラフィナ・フロストが静かにシオンを見つめていた。


感情を持たないはずの少女。


教団最高戦力。


氷晶将。


その瞳が揺れている。


「黒星王……」


初めてだった。


彼女がその名を口にしたのは。


記憶の奥底。


封印されていた何かが疼く。


遠い昔。


見たことがある。


そんな気がした。


吹雪。


崩壊する都市。


黒い光。


そして――


泣いている少年。


セラフィナは眉をひそめる。


理解できない。


なぜこんな記憶が浮かぶ。


なぜ胸が苦しい。


感情は捨てたはずだった。


教団が奪ったはずだった。


なのに。


シオンを見ていると忘れていた何かが蘇る。


「私は……」


言葉が止まる。


その隙を、ガルドは見逃さなかった。


「よそ見してんじゃねぇぞ!!」


炎が爆発した。


紅蓮の大剣が空を裂く。


セラフィナは反射的に氷壁を展開する。


轟音。


炎と氷が激突した。


空が揺れる。


雲が吹き飛ぶ。


だが今までとは違った。


セラフィナの集中が乱れている。


ガルドはそれを見逃さない。


「迷ってんのか?」


セラフィナが睨む。


「違う」


「ならいい」


ガルドは笑った。


「迷いながら戦場に立つと死ぬぞ」


その言葉が妙に胸へ刺さる。


迷い。


それは彼女に最も不要なものだった。


なのに今の自分は確かに迷っていた。


その時。


空気が変わる。


全員が気付いた。


シオンだ。


彼がゆっくりと顔を上げる。


黒い瞳。


王冠のような黒星晶。


無数の粒子。


静かな圧力。


だが彼の表情は穏やかだった。


怒りもない。


憎しみもない。


ただ悲しみだけがあった。


シオンは空を見上げる。


そこには教団艦隊。


数十隻の戦艦。


数千の兵士。


人類最大級の軍勢。


普通なら絶望する数だ。


だが今の彼には違って見えていた。


見えてしまった。


兵士達の感情。


恐怖。


後悔。


家族への想い。


生きたいという願い。


全てが流れ込んでくる。


黒星王の力。


それは破壊ではない。


観測だった。


世界を構成する全てを知覚する力。


シオンは静かに呟く。


「……そういうことか」


理解してしまった。


星喰いがなぜ自分を観測者と呼んだのか。


なぜ黒星晶が存在するのか。


なぜ世界が繰り返されるのか。


全ての答えにはまだ届かない。


だが、その入り口には立った。


そして。


彼はゆっくりと右手を上げる。


教団艦隊へ向けて。


その瞬間だった。


黒い光が広がる。


静かに。


あまりにも静かに。


まるで夜が染み込むように。


戦艦の一隻が触れた。


次の瞬間。


バキッ。


船体が崩壊する。


爆発ではない。


破壊でもない。


存在そのものが分解されていく。


兵士達が悲鳴を上げる。


「なっ――!?」


「何だこれは!?」


「船が!!」


黒い粒子となって消えていく。


跡形もなく。


セラフィナが目を見開いた。


ガルドですら絶句する。


レオニクスだけが低く呟く。


「存在分解……」


伝承通りだった。


黒星王。


世界を終わらせる王。


だが。


シオンは苦しそうに眉をひそめた。


「違う」


その声が響く。


「俺は壊したいんじゃない」


黒い光が止まる。


崩壊しかけていた戦艦が静止する。


シオンは拳を握った。


黒星晶が激しく脈打つ。


制御できる。


だが難しい。


あまりにも強大すぎる。


少し間違えれば。


街も。


人も。


仲間も。


全て消してしまう。


その時。


ルナリアの声が届いた。


「シオン!!」


振り向く。


ルナリアがいた。


涙を浮かべながら。


それでも真っ直ぐ彼を見ていた。


「戻ってきて」


短い言葉。


だが。


その一言だけで十分だった。


シオンの瞳が僅かに揺れる。


黒い粒子が静かになる。


王ではなく。


観測者ではなく。


シオン・アルヴィスとしての意識が戻ってくる。


そして彼は小さく笑った。


「心配すんな」


その瞬間。


空が裂けた。


誰もが息を呑む。


世界の外側から。


巨大な赤い瞳が現れる。


星喰い。


再び。


世界を見下ろしていた――。

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