「黒星王覚醒」【前編②】
終末の世界に風が吹いていた。
灰が舞う。
崩れた空から黒い粒子が降り注ぎ、大地の裂け目からは赤黒い光が漏れている。
その中心に、黒星王は立っていた。
静かに。
ただ静かに。
まるで何万年もそこに立ち続けていたかのように。
シオンは拳を握る。
胸の奥が痛い。
理由は分からない。
だが、この男を見ていると苦しくなる。
他人ではない。
敵でもない。
未来の自分。
あるいは、かつての自分。
そんな感覚があった。
「お前は何なんだ」
シオンが問う。
黒星王は少しだけ空を見上げた。
「私は観測者だ」
静かな声。
「世界が生まれる瞬間を見た」
「世界が滅ぶ瞬間も見た」
「人類の誕生も」
「文明の終焉も」
「仲間との出会いも」
「その死も」
風が吹く。
黒星王の外套が揺れる。
「何度も」
その一言に、気の遠くなるような時間の重みが込められていた。
シオンは唇を噛む。
「何度もって……」
黒星王は答える。
「世界は繰り返している」
沈黙。
「星喰いによって滅び」
「創世因子によって再構築され」
「再び始まる」
「それを何度も繰り返している」
シオンはレオニクスの言葉を思い出した。
前の世界。
繰り返される歴史。
最後の観測者。
全てが繋がり始めていた。
「じゃあ……」
シオンの声が震える。
「俺は何なんだ」
黒星王は真っ直ぐに見つめた。
そして静かに告げる。
「お前だけが残る」
その言葉に、シオンの身体が硬直した。
「は?」
「世界が滅んでも」
「文明が消えても」
「時間が巻き戻っても」
「お前だけは記憶の欠片を持ち続ける」
黒星王の瞳に寂しさが宿る。
「それが観測者だ」
シオンは理解できなかった。
いや。
理解したくなかった。
「待てよ……」
「じゃあ俺は……」
言葉が続かない。
黒星王が代わりに言った。
「何度も仲間を失う」
沈黙。
「何度もルナリアを失う」
シオンの心臓が止まりそうになる。
「何度もガルドを失う」
「何度もアリアを失う」
「何度もエリナを失う」
一歩。
黒星王が近づく。
「その度に世界はリセットされる」
「だがお前だけは覚えている」
シオンの呼吸が乱れる。
想像するだけで吐き気がした。
仲間を失う。
それだけでも辛い。
だが、それを何百回も。
何千回も。
繰り返す。
そんなものは拷問だ。
「ふざけるな……」
シオンが呟く。
黒星王は否定しない。
「ふざけている」
苦笑する。
「だから私は壊れた」
その言葉にシオンは顔を上げた。
黒星王の表情は穏やかだった。
だがその奥には。
果てしない孤独があった。
「最初は救おうとした」
「二回目も」
「十回目も」
「百回目も」
「千回目も」
「ずっと」
拳を握る。
「だが限界だった」
空が崩れる。
大地が揺れる。
終末世界そのものが共鳴している。
「守れなかった」
「誰一人」
「完全には」
シオンは黙って聞いていた。
否定できない。
この男の苦しみは本物だった。
だからこそ。
シオンは聞いた。
「それで」
黒星王を見る。
「諦めたのか」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて。
黒星王は小さく笑った。
「諦めていたら」
ゆっくりと手を差し出す。
「お前に会いに来ない」
シオンの瞳が揺れた。
黒星王は続ける。
「私は最後に賭けた」
「未来の自分に」
風が吹く。
終末世界が揺れる。
「だから聞く」
黒星王の瞳が真っ直ぐ向けられる。
「シオン」
初めて名前を呼ばれた。
未来の自分に。
「お前は何のために戦う」
シオンは黙る。
世界を救うためか。
仲間を守るためか。
そんな綺麗な答えが浮かばない。
だが。
脳裏に浮かんだのは。
ルナリアの笑顔だった。
エリナの騒がしい声。
ガルドの不器用な優しさ。
アリアのぎこちない微笑み。
それだけだった。
シオンは答える。
「守りたい奴がいる」
黒星王は静かに聞いている。
「世界とか」
「未来とか」
「そんなの正直よく分からねぇ」
苦笑する。
「でも」
拳を握る。
「目の前で泣いてる奴は助けたい」
「仲間は死なせたくない」
「それだけだ」
沈黙。
終末世界に風が吹く。
やがて。
黒星王は笑った。
初めてだった。
本当に救われたような笑顔だった。
「それでいい」
シオンが目を見開く。
「え?」
「それで良かったんだ」
黒星王の身体から光が溢れ始める。
崩壊。
時間切れだった。
この世界そのものが消え始めている。
「聞け」
黒星王が言う。
「これからお前は選ぶ」
「守るか」
「壊すか」
「救うか」
「終わらせるか」
その声が遠ざかる。
「だが忘れるな」
身体が光になる。
「お前は私じゃない」
終末世界が崩れる。
空が砕ける。
大地が消える。
「未来は決まっていない」
最後に。
黒星王は微笑んだ。
「今度こそ」
まるで祈るように。
「仲間を守れ」
光が弾けた。
そして――。
現実へ引き戻される。
アストレア。
世界樹最深部。
シオンの瞳が開く。
黒い光が吹き荒れていた。
世界樹が震える。
都市が揺れる。
そしてレオニクスは息を呑んだ。
シオンの背後。
黒い粒子が集まり。
王冠のような輪郭を描いていた。
黒星王の象徴。
伝説の姿。
完全覚醒まで。
あと一歩だった。




