四百九十九回目の絶望
オリジン・アーカイヴが震えていた。
無数の光が揺らめく。
五百回分の世界。
五百回分の歴史。
五百回分の希望と絶望。
その中心で。
蒼黒い幻影は静かに立っていた。
第四百九十九世界の黒星王。
シオンの一つ前の存在。
最も成功に近付き。
最も深い絶望を見た英雄。
その瞳には光がなかった。
未来を信じる色がなかった。
ただ。
終わりだけを見続けた人間の瞳だった。
「……また来たのか」
低い声が響く。
ルナリアの背筋が震える。
同じ顔。
同じ声。
同じ存在。
それなのに。
目の前の男はシオンとはまるで違った。
冷たい。
暗い。
何も信じていない。
そんな雰囲気を纏っていた。
シオンは一歩前へ出る。
蒼い瞳が真っ直ぐ幻影を見つめる。
「お前が……四百九十九回目の黒星王か」
幻影は笑った。
乾いた笑みだった。
希望を失った人間だけが浮かべる笑み。
「そうだ」
静かな声。
「お前の一つ前の失敗作だ」
その言葉にルナリアが眉をひそめる。
失敗作。
そんな言葉で自分を呼ぶのか。
だが。
ゼロは何も言わなかった。
否定もしない。
それが事実だからだ。
幻影はゆっくり歩き出す。
その足元に映像が広がる。
滅びた世界。
崩壊した王都。
死んでいく人々。
そして。
星喰い。
「あの日」
幻影が呟く。
「俺は辿り着いた」
映像が変わる。
巨大な戦場。
黒星王。
管理者。
観測者。
全てが揃った最終決戦。
第四百九十九世界。
過去最高戦力。
過去最高到達点。
誰もが勝利を信じていた。
「あと一歩だった」
幻影の声が震える。
悔しさなのか。
怒りなのか。
それとも後悔なのか。
分からない。
「あと一歩で届いた」
映像の中の黒星王が剣を振るう。
星喰いへ。
世界を救うために。
未来を掴むために。
その瞬間。
映像が砕け散った。
真っ黒になる。
静寂。
そして。
絶望だけが残る。
ルナリアが息を呑む。
そこには何もなかった。
都市も。
文明も。
仲間も。
未来も。
全て消えていた。
「負けたんだ」
幻影が呟く。
「全部失った」
その声に感情はない。
何万回も繰り返し口にした言葉のようだった。
「レオニクスも死んだ」
映像が映る。
倒れる白銀の騎士。
「アリアも死んだ」
崩れ落ちる黒髪の少女。
「ルナリアも」
銀色の光が消える。
「みんな死んだ」
沈黙。
ルナリアは拳を握る。
胸が苦しい。
見ているだけなのに。
涙が止まらない。
それは他人の記憶ではなかった。
自分達が辿るはずだった未来だから。
幻影はシオンを見る。
その瞳に宿るのは怒りではない。
憎しみでもない。
諦めだった。
「だから教えてやる」
静かな声。
重い声。
「お前も失敗する」
オリジン・アーカイヴが揺れる。
無数の記録が震える。
「五百回目だろうが関係ない」
「希望だろうが関係ない」
「黒星王だろうが関係ない」
一歩。
また一歩。
幻影が近付いてくる。
「結末は同じだ」
その言葉に。
クロノが歯を食いしばる。
レオニクスも拳を握る。
ルナリアも震えている。
だが。
シオンだけは動かなかった。
蒼い瞳は真っ直ぐだった。
揺らがない。
逸らさない。
幻影を見据え続ける。
すると。
第四百九十九世界の黒星王が初めて表情を変えた。
僅かに驚いたのだ。
「……なんだその目は」
シオンは静かに答える。
「知らないからだ」
幻影が眉をひそめる。
「何をだ」
シオンは言った。
「俺はまだ負けてない」
沈黙。
オリジン・アーカイヴが静まり返る。
「お前は負けた」
シオンは続ける。
「でも俺はまだ終わってない」
蒼い瞳が輝く。
「だから同じ結末になるとは思わない」
その言葉に。
第四百九十九世界の黒星王は初めて言葉を失った。
そして。
ゼロが静かに微笑む。
長い時間待ち続けていた答えを聞いたように。
「そうだ」
ゼロが呟く。
「それでいい」
その瞬間。
オリジン・アーカイヴ最深部から。
さらに巨大な扉が開き始めた。
世界誕生以前の記録。
星喰い誕生の真実。
そして。
五百回目の黒星王だけに託された最後の希望が。
その奥で静かに待っていた。




