「アストレア攻防戦」【後編】
世界が凍りついた。
アストレア上空。
セラフィナ・フロストが展開した超大型魔法陣から、巨大な氷塊が姿を現す。
それはもはや氷ではなかった。
小さな島。
いや、一つの大陸だった。
白銀の塊が空を覆い、ゆっくりと都市へ落下を始める。
市民達が絶望の声を上げた。
防衛隊員達の顔から血の気が引く。
研究員達は立ち尽くし、誰もが理解してしまった。
防げなければ終わる。
アストレアそのものが消滅する。
「冗談だろ……」
エリナが震える。
ルナリアも言葉を失っていた。
だが、その時だった。
ガルドが大剣を肩へ担ぐ。
口元に獰猛な笑み。
戦士の笑みだった。
「面白ぇ」
シオンが呆れる。
「どこがだよ」
「こんな化け物と戦える機会なんてそうそうねぇ」
ガルドは炎を纏う。
紅蓮の魔力が噴き上がる。
周囲の空気が歪み始めた。
「行ってくる」
次の瞬間。
爆発。
大地が砕ける。
ガルドの身体が空へ飛んだ。
一直線。
氷の大陸へ。
そして。
セラフィナへ。
「セラフィナァァァァァ!!」
咆哮。
炎が空を埋め尽くした。
巨大な炎竜のような熱量。
ガルドの全魔力が解放される。
セラフィナは静かに視線を向けた。
「炎牙ガルド」
感情のない声。
「排除対象」
無数の氷槍が出現する。
数百。
数千。
空そのものを埋め尽くす氷の軍勢。
それらが一斉に放たれた。
ガルドは笑う。
「上等だ!!」
大剣を振り抜く。
轟炎。
炎と氷が衝突した。
爆発が連続する。
空が赤と白に染まる。
まるで天変地異だった。
その戦いを横目に、シオン達は世界樹へ向かっていた。
レオニクスの案内で研究院地下へ降りる。
薄暗い通路。
古代文字。
封印術式。
数千年前から存在していたような遺跡が広がっている。
「こんな場所が……」
ルナリアが呟く。
レオニクスは前を向いたまま答えた。
「アストレアの本当の姿だ」
世界樹の根。
その最深部。
人類が封印してきた禁忌。
その途中だった。
殺気。
シオンが反応する。
「伏せろ!」
瞬間。
斬撃が通路を切り裂いた。
壁が吹き飛ぶ。
土煙。
そして。
白髪の男が現れた。
眼帯。
黒い軍服。
冷たい笑み。
レオン・ヴァイス。
「ようやく追いつきました」
アリアの表情が変わる。
「レオン」
レオンは笑う。
「隊長」
そして首を振った。
「いえ」
「反逆者でしたね」
空気が凍る。
シオンが前へ出ようとする。
だが。
アリアが腕を伸ばして止めた。
「手を出すな」
静かな声。
レオンが笑う。
「一人でやる気ですか」
「当然」
アリアは短剣を抜く。
その瞳に迷いはなかった。
かつてのシャドウ隊長。
最強の暗殺者。
だが今は違う。
命令のためではない。
自分自身の意思で刃を握っている。
「決着をつける」
レオンの笑みが消えた。
次の瞬間。
二人の姿が消える。
超高速。
火花。
衝撃。
音すら置き去りにする速度。
シオン達には見えない。
ただ刃がぶつかる音だけが響く。
キィィィィィン!!
そして。
一瞬だった。
アリアの短剣が閃く。
レオンの眼帯が裂ける。
鮮血。
レオンが後退する。
初めてだった。
彼の表情に動揺が浮かぶ。
「なぜだ……」
アリアは静かに答えた。
「私は一人じゃない」
その言葉。
それこそが勝敗を決めた。
レオンはずっと孤独だった。
アリアもそうだった。
だが今は違う。
仲間がいる。
守りたいものがある。
その差だった。
アリアの刃が閃く。
レオンの短剣が宙を舞う。
そして。
静かに決着がついた。
レオンは膝をつく。
「そうか……」
小さな笑み。
「やっと……人間になれたんですね」
そのまま倒れた。
静寂。
アリアは長く息を吐いた。
そして初めて肩の力を抜いた。
その時だった。
世界樹最深部。
巨大な扉が開く。
シオン達は言葉を失った。
巨大な黒い結晶。
山のような大きさ。
脈打つ黒星晶。
世界最古。
世界最大。
原初の黒星晶。
その圧力だけで呼吸が苦しくなる。
「これが……」
シオンの胸が熱くなる。
ドクン。
黒星晶が反応した。
ドクン。
ドクン。
激しく脈打つ。
視界が揺れる。
世界が黒く染まる。
そして。
声が響いた。
『観測者』
低い声。
『選べ』
『守るか』
『壊すか』
シオンは歯を食いしばる。
頭の中へ無数の記憶が流れ込んでくる。
燃える世界。
崩壊する文明。
滅んだ人類。
繰り返された終末。
何度も。
何度も。
何度も。
そして。
その全ての中心に立っていた。
黒い王。
黒星王。
「ぐああああああああ!!」
絶叫。
シオンの瞳が黒く染まる。
黒い魔力が噴き上がる。
世界樹が共鳴する。
都市全体が揺れた。
地上。
セラフィナが空を見た。
初めて表情が変わる。
「覚醒反応……」
ガルドも笑う。
「始まりやがったか」
レオニクスは静かに目を閉じる。
ついに来た。
幾度も繰り返された世界。
その歴史の中で。
最も危険な存在が目覚めようとしていた。
シオンの背後に巨大な黒い影が現れる。
王冠。
翼。
無数の黒い星。
まるで世界の終焉そのもの。
そして。
シオンはゆっくりと目を開いた。
その瞳は。
完全な漆黒へと変わっていた。




