「アストレア攻防戦」【前編】
警報が鳴り響いた。
甲高い警鐘が世界樹都市アストレア全域へ広がり、平穏だった空気を一瞬で切り裂く。
研究塔の窓が震える。
街路を歩いていた学者達が足を止める。
市場では商人達が顔を見合わせ、子供達が不安そうに空を見上げた。
その直後だった。
空が暗くなる。
まるで巨大な雲が太陽を覆ったかのように。
だが、それは雲ではなかった。
無数の飛空艇。
雲海の向こうから現れた教団艦隊が、アストレア上空を埋め尽くしていた。
戦艦級飛空艇。
重装甲艦。
輸送艦。
護衛艦。
その数は数十隻を超える。
まるで空そのものが侵略者に塗り潰されたようだった。
都市中にざわめきが広がる。
「教団軍だ!」
「結界を起動しろ!」
「避難誘導を急げ!」
「研究資料を地下保管庫へ!」
怒号が飛び交う。
それでもアストレアの人々は混乱だけでは終わらなかった。
学者達は走り出す。
防衛部隊が配置につく。
魔導技師達が術式制御室へ向かう。
この都市は戦闘都市ではない。
だが、人類最高の知識都市だ。
危機への対応能力だけは世界でも屈指だった。
研究院最上階。
巨大な窓から外を見上げたシオンは息を呑んだ。
空を埋め尽くす艦隊。
その中央。
ひときわ巨大な旗艦の先端に立つ白銀の少女。
セラフィナ・フロスト。
七星将。
氷晶将。
感情を持たぬ怪物。
その姿を見た瞬間、ルナリアの顔色が変わった。
「本当に来た……」
小さな呟き。
シオンは拳を握る。
飛空艇《アルテミス号》を墜落寸前まで追い込んだ相手。
その圧倒的な力は今でも鮮明に焼き付いている。
レオニクスは静かに窓辺へ歩み寄った。
「予想より少し早いな」
その言葉にシオンは振り返る。
「予想してたのか?」
「当然だ」
レオニクスは即答した。
「黒星晶保持者がアストレアへ来た時点で、教団が黙っているはずがない」
蒼い瞳が空を見上げる。
「むしろこれだけで済んでいるのが不思議なくらいだ」
その言葉が終わった瞬間。
旗艦上空に巨大な魔法陣が展開された。
蒼白い光。
幾重にも重なった複雑な紋様。
都市一つを飲み込めるほど巨大な術式。
シオンの背筋が凍る。
「まずい……」
レオニクスが低く呟く。
「来るぞ」
次の瞬間。
轟音。
空が裂けた。
巨大な光線がアストレアへ降り注ぐ。
世界が白く染まった。
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃。
しかし同時に都市全体が蒼く輝いた。
世界樹を中心に展開された防衛結界。
巨大な半球状の光膜が都市を包み込む。
光線と結界が激突した。
衝撃波が空を吹き飛ばす。
雲が消し飛ぶ。
世界樹の枝葉が大きく揺れた。
都市中から悲鳴が上がる。
だが結界は破れない。
アストレアの守護術式は健在だった。
「耐えた……」
エリナが息を吐く。
しかしレオニクスは首を振った。
「違う」
その声は重い。
「様子見だ」
全員が息を呑む。
今の攻撃が。
様子見。
あれほどの一撃が。
セラフィナは依然として空中に立ったまま都市を見下ろしている。
まるで観察するように。
その姿を見たシオンは嫌な予感を覚えた。
まるで人間を相手にしている気がしない。
感情がない。
怒りも憎しみもない。
ただ命令を遂行するためだけに存在している。
そんな異質さ。
その時だった。
研究院の扉が開く。
武装した防衛隊員達が駆け込んできた。
「院長!」
「東区画に敵兵侵入!」
「結界の一部が破壊されています!」
レオニクスの瞳が細くなる。
「やはり内部工作か」
シオンが眉をひそめた。
「内部?」
「教団は正面から攻めるほど愚かじゃない」
レオニクスは即座に指示を出す。
「西区画へ避難誘導」
「研究資料は地下へ」
「世界樹制御室の防衛を最優先しろ」
隊員達が走り去る。
その背中を見送りながらレオニクスは静かに言った。
「シオン」
「何だ」
「世界樹へ向かえ」
全員が驚く。
「は?」
レオニクスは振り返る。
「教団の本当の狙いは都市ではない」
沈黙。
「世界樹だ」
空気が変わった。
ガルドも真顔になる。
「やっぱりか」
シオンが見る。
ガルドは苦々しく呟いた。
「昔から噂はあった」
「世界樹には秘密があるってな」
レオニクスは頷く。
そして初めて真実の一端を語る。
「世界樹はただの樹ではない」
「人類が最後に残した兵器だ」
沈黙。
誰も言葉を失う。
レオニクスの瞳が世界樹を映す。
「もし教団があれを奪えば」
「人類に未来はない」
その瞬間。
都市全体が揺れた。
轟音。
爆発。
東区画から巨大な黒煙が上がる。
教団軍が侵入したのだ。
シオンは拳を握る。
戦いは始まった。
もう逃げることはできない。
世界の真実へ近づくためにも。
仲間を守るためにも。
アストレアを守るためにも。
その時だった。
窓の外。
遥か上空。
セラフィナが静かにシオンを見た。
蒼い瞳。
感情のないはずの瞳。
だがその奥に。
ほんの僅かな揺らぎが見えた気がした。
「……?」
シオンが眉をひそめる。
しかし次の瞬間。
セラフィナの背後に巨大な魔法陣が出現した。
先ほどの数倍。
いや、数十倍。
空そのものを覆う規模。
ガルドの顔色が変わる。
「クソッ……」
レオニクスも初めて険しい表情を見せた。
「あれが本命か」
セラフィナの唇が静かに動く。
「氷晶術式・第二段階」
世界が凍り付く。
そしてアストレア上空に、巨大な氷の大陸が出現した。
まるで空そのものが落ちてくるように。
シオン達は息を呑んだ。
アストレア攻防戦は、まだ始まったばかりだった。




