「世界樹都市アストレア」
世界樹は、まるで空そのものを支えているようだった。
森を抜けたシオン達の前に現れたその姿に、誰も言葉を失う。
幹は山脈にも匹敵するほど巨大で、その表面には無数の建造物が組み込まれている。
枝は雲を突き抜け、葉は夜空の星のように淡く輝いていた。
その根元を囲むように築かれた都市――アストレア。
世界最大の学術都市。
知識と技術の中心地。
そして、人類が最も多くの秘密を抱える場所だった。
巨大な城門がゆっくりと開く。
重厚な金属音が響き渡った。
シオン達は思わず足を止める。
その先に広がる光景は、これまで見てきたどんな街とも違っていた。
蒼く輝く星晶灯。
空中を滑る小型飛空艇。
宙に浮かぶ魔導端末。
白衣姿の研究者達。
星晶を利用した交通網。
知識によって作られた都市。
そこはまるで未来だった。
「……すげぇ」
シオンは思わず呟く。
エリナは目を輝かせた。
「本で見たより何倍も凄い!」
「いや、本当に別世界だな……」
ガルドですら感心したように周囲を見回す。
だがアリアだけは違った。
紫の瞳が周囲を警戒している。
「見られている」
静かな声だった。
ガルドも頷く。
「俺も感じる」
敵意ではない。
だが監視されている。
まるで実験動物を見るような視線だった。
その時だった。
「ようこそ」
落ち着いた男の声。
振り返る。
そこには一人の男が立っていた。
銀髪。
白衣。
蒼い瞳。
知性そのものを形にしたような男。
レオニクス・ヴァルハルト。
世界最高峰の学者。
アストレア中央研究院院長。
彼は静かに微笑んだ。
「歓迎するよ」
そして。
視線がシオンへ向く。
その瞬間だけ。
瞳の奥に隠しきれない感情が宿った。
驚き。
安堵。
期待。
そして――確信。
「ようやく会えた」
シオンは眉をひそめる。
「俺を知ってるのか」
レオニクスは頷いた。
「もちろんだ」
「私はずっと君を探していた」
その言葉に空気が変わった。
数時間後。
アストレア中央研究院。
世界樹内部に築かれた巨大研究施設。
シオン達は最上層の円形ホールへ案内されていた。
壁一面に刻まれた古代文字。
無数の禁書。
星々の軌道を映し出す巨大な魔導天球儀。
そして中央には、ひときわ巨大な装置が鎮座している。
星晶演算機。
世界中の情報を解析する超大型演算装置だった。
レオニクスはその前に立つ。
「まず確認したい」
静かな声。
「君は最近、こう呼ばれたはずだ」
シオンは嫌な予感がした。
レオニクスは言う。
「最後の観測者」
その瞬間。
空気が凍った。
シオンの脳裏に、星喰いの巨大な瞳が蘇る。
ヴォルグの言葉。
黒星晶。
全てが繋がり始める。
「知ってるのか」
「知っている」
レオニクスは即答した。
そして。
誰も予想していなかった言葉を口にする。
「私は前の世界を知っている」
沈黙。
エリナが固まる。
ルナリアが目を見開く。
アリアですら表情を変えた。
レオニクスは続ける。
「この世界は一度では終わっていない」
「二度でもない」
「数え切れないほど滅びている」
誰も言葉を発しない。
だが彼の目に嘘はなかった。
「文明は滅びる」
「人類は消える」
「世界は再構築される」
「そしてまた始まる」
シオンの胸がざわつく。
夢で見た景色。
知らないはずの記憶。
崩壊する空。
燃える都市。
血まみれの大地。
「毎回」
レオニクスは静かに言う。
「星喰いが現れる」
そして。
「毎回、ただ一人だけ同じ存在がいる」
視線がシオンへ向く。
「お前だ」
ドクン――
黒星晶が脈打った。
頭痛。
眩暈。
視界が歪む。
崩壊した世界。
巨大な黒い怪物。
絶望。
そして。
血まみれになりながら立つ少年。
自分だった。
「ぐっ……!」
シオンが膝をつく。
ルナリアが支える。
レオニクスは確信した。
間違いない。
この少年こそ。
数千年待ち続けた存在。
「ようやく会えた」
彼は呟く。
「黒星王」
その瞬間だった。
研究施設全体が激しく揺れる。
警報音が鳴り響いた。
ビーッ!
ビーッ!
ビーッ!
研究員達が一斉に叫ぶ。
「敵襲!」
「防衛結界突破!」
「上空に超大型反応!」
全員が窓へ駆け寄る。
そして絶句した。
雲海を切り裂きながら。
巨大な艦隊が現れる。
戦艦級飛空艇。
数千の教団軍。
そして。
その先頭。
白銀の魔法陣の中心に、一人の少女が立っていた。
白銀の髪。
蒼い瞳。
氷晶将。
セラフィナ・フロスト。
彼女は感情のない瞳でアストレアを見下ろしていた。
「対象確認」
冷たい声が空へ響く。
「黒星晶保持者」
「ルナリア・セレス」
「世界樹都市アストレア」
「制圧を開始します」
巨大な魔法陣が空を覆う。
ガルドが大剣を握る。
アリアの瞳が鋭くなる。
ルナリアは息を呑む。
シオンは立ち上がった。
頭痛はまだ残っている。
だが今は関係ない。
世界樹都市アストレア。
人類最大の知識都市。
その運命を懸けた戦いが始まろうとしていた。
アストレア攻防戦――開戦。




