「追放者たち」
シャドウ部隊との戦闘は夜明け近くまで続いた。
森のあちこちで刃がぶつかり合い、炎が木々を照らし、風を裂く矢が飛び交った。
ガルドの炎。
エリナの風矢。
ルナリアの結界。
そして――アリアの裏切り。
その全てが戦場を混乱へ叩き込んだ。
レオン率いるシャドウ部隊も決して弱くはなかった。
だが、隊長であるアリアが敵に回ったことで統率は崩れた。
その隙を突き、シオン達は森の奥へ撤退することに成功した。
勝利ではない。
ただ生き延びただけだ。
それでも今は、それで十分だった。
夜。
深い森の中で焚き火が静かに揺れていた。
赤い火の粉が夜風に舞い、暗闇へ溶けていく。
シオン達は追手を警戒しながら、束の間の休息を取っていた。
教団。
シャドウ。
七星将。
敵は日に日に増えていく。
数日前までスラムで生きていた少年が、今では世界最大の組織から追われている。
笑える話だった。
だが現実だった。
そして今、その輪の中には新たな仲間がいる。
アリア・ナイトシェイド。
教団最強暗殺部隊シャドウ隊長。
つい昨日まで敵だった少女。
彼女は焚き火から離れた木の下で静かに座っていた。
誰とも話さない。
誰とも目を合わせない。
まるで自分だけ別世界にいるようだった。
「気になるなら話しかければ?」
ルナリアが小さく言った。
「別に」
「嘘」
「嘘じゃねぇ」
「めちゃくちゃ見てる」
エリナまで加わる。
「見てねぇ」
「見てる」
「見てない」
「見てる」
「お前ら子供か」
ガルドが呆れたように笑った。
結局、シオンは立ち上がる。
アリアの元へ歩いていった。
近付くと、紫の瞳が静かにこちらを見る。
「何だ」
「別に」
シオンも適当に返した。
そして少し離れて腰を下ろす。
沈黙。
風が吹く。
焚き火の音だけが遠く聞こえる。
やがてアリアが呟いた。
「どうして助けたの」
「何が?」
「私を」
シオンは少し考えた。
そして肩をすくめる。
「助けたいと思ったから」
アリアは目を伏せた。
理解できない。
彼女はずっと命令で生きてきた。
利用され。
鍛えられ。
人を殺し。
感情を消されてきた。
見返りのない善意など知らない。
「変な奴」
小さな声だった。
その瞬間だった。
ドクン。
黒星晶が脈動した。
視界が揺らぐ。
頭の奥に映像が流れ込む。
暗い地下施設。
冷たい石床。
鎖。
泣き声。
血の臭い。
幼い子供達。
そして。
膝を抱えて震える一人の少女。
幼いアリアだった。
教団兵の声が響く。
『生き残った者だけを育てる』
『弱者は不要』
子供達は互いに刃を持たされる。
殺さなければ死ぬ。
生きるために奪う。
そんな地獄だった。
映像が消える。
シオンは息を呑んだ。
「アリア……」
彼女も理解していた。
見られたことを。
「見るな」
震える声。
初めてだった。
アリアが感情を隠せなかったのは。
「私は」
拳を握る。
「友達を殺した」
静かな告白。
「家族も」
「全部」
「生き残るために」
焚き火だけが揺れている。
「だから私は」
彼女は俯いた。
「幸せになっちゃいけない」
即座にシオンは答えた。
「そんなことない」
アリアが顔を上げる。
蒼い瞳と紫の瞳がぶつかった。
「過去は変わらない」
シオンは静かに言う。
「でも未来は選べる」
沈黙。
アリアは何も言えなかった。
胸が痛い。
苦しい。
涙が出そうになる。
忘れたはずなのに。
「俺も同じだ」
シオンは続けた。
「家族を守れなかった」
「何もできなかった」
「ずっと後悔してる」
夜空を見上げる。
「それでも生きてるなら」
「何かを選ぶことくらいできるだろ」
優しい言葉ではなかった。
慰めでもない。
ただ真っ直ぐだった。
だからこそアリアの胸に刺さった。
その時だった。
ゴォォォォォン――
遠くで鐘の音が響く。
低く深い音が森を震わせる。
ガルドが立ち上がった。
「見えたぞ」
全員が顔を上げる。
森の向こう。
夜の闇を貫く巨大な光。
天を支えるような大樹。
幹は都市ほど太く、枝は空を覆い、葉は星のように輝いている。
世界樹。
そしてその周囲に築かれた巨大都市。
世界樹都市アストレア。
知識の都。
学術の中心地。
シオン達が目指していた場所だった。
ようやく辿り着いた。
だがその頃。
アストレア最上層。
世界樹を見下ろす研究塔。
一人の男が夜空を見つめていた。
銀髪。
白衣。
鋭い蒼眼。
レオニクス・ヴァルハルト。
アストレア最高学者。
彼の背後では古代観測装置が青白く光っている。
数千年沈黙していた装置。
観測者因子。
黒星晶。
創世記録。
その全てが一人の少年を示していた。
レオニクスは静かに笑う。
「ようやく来たか」
視線は森の彼方。
シオン達がいる方向へ向けられていた。
「シオン・アルヴィス」
「最後の観測者」
風が吹く。
世界樹の葉が揺れる。
少年はまだ知らない。
この都市で待つ真実を。
自らの運命を。
そして世界の根幹に触れることになる未来を。




