最初の世界
光だった。
どこまでも果てのない、無限の光。
時間は存在しない。
空間もない。
重力さえ感じられない。
ただ純白だけが広がる、静寂の世界。
その中心に、シオンたちは立っていた。
足元には大地がない。
見上げても空はない。
上下の感覚すら曖昧になるほど、白だけが永遠に続いている。
「……ここは。」
ルナリアが小さく呟く。
その声さえ、光へ溶けて消えていくようだった。
クロノも周囲へ視線を巡らせる。
「記憶空間か?」
静かな問いに、ゼロはゆっくりと首を横へ振る。
「違う。」
その声は、どこか遠くから響いてくるようだった。
「これは――過去だ。」
その瞬間。
純白だった世界が静かに揺らぐ。
光だけで満たされていた空間へ、初めて色が生まれた。
青。
緑。
黄金。
無数の輝きが一点へ集まり、ゆっくりと形を成していく。
やがて。
一つの星が生まれた。
「……世界。」
ルナリアが息を呑む。
目の前に浮かぶのは、美しく輝く蒼い星。
現在のセレスティアによく似ている。
しかし、どこか違う。
もっと大きい。
もっと豊かで。
もっと完全だった。
ゼロは、その光景を静かに見つめている。
「これが第一世界だ。」
誰も言葉を発しなかった。
神話すら語ることのなかった世界の始まり。
その瞬間を、自らの目で見届けているのだから。
星はゆっくりと息吹を宿していく。
生命が芽吹く。
森が生まれる。
海が広がる。
山々が隆起する。
そして。
文明が誕生した。
都市が築かれ。
人々が笑い。
愛し合い。
手を取り合い。
知恵を紡ぎながら未来を築いていく。
世界は栄えた。
あまりにも穏やかに。
あまりにも完璧に。
「……綺麗。」
ルナリアが思わず漏らす。
その言葉しか見つからなかった。
誰も飢えない。
誰も争わない。
戦争も憎しみも存在しない。
誰もが未来を信じて笑っている。
まさに理想郷。
神話が描く楽園、そのものだった。
だが。
その光景を見つめるゼロの表情だけは暗い。
そこに喜びはない。
あるのは、拭いきれない後悔だけだった。
シオンは、その横顔を見つめる。
「……何があった。」
問いかけても、ゼロは答えない。
ただ静かに空を見上げた。
そして――。
その時だった。
青く澄んでいた空が、ゆっくりと黒く染まり始める。
光が消える。
星々が震える。
大地が悲鳴を上げる。
世界そのものが、恐怖に震え始めた。
ルナリアの表情が凍りつく。
「まさか……。」
宇宙の彼方。
世界の外側。
果てしない闇の中から。
巨大な影が姿を現す。
ゆっくりと。
だが、決して止まることなく。
世界へ近づいてくる。
赤く輝く無数の瞳。
果てなく広がる翼。
あらゆる光を飲み込む闇。
真なる星喰い。
クロノが息を呑む。
「……最初から、いたのか。」
ゼロは静かに頷いた。
「ああ。」
その声は重かった。
「世界が生まれた、その瞬間から。」
その一言に、誰もが言葉を失う。
世界が先に生まれたのではない。
星喰いが後から現れたわけでもない。
両者は最初から存在していた。
まるで、切り離すことのできない運命のように。
創造と終焉。
希望と絶望。
誕生と滅亡。
すべては最初から対になっていた。
星喰いは静かに世界へ降り立つ。
そして。
光を喰らった。
大地を喰らった。
文明を喰らった。
未来を喰らった。
人々が抱く希望を。
生まれるはずだった可能性を。
容赦なく飲み込んでいく。
世界は悲鳴を上げた。
絶望が広がる。
泣き叫ぶ声が響く。
崩壊していく街。
消えていく命。
ほんの数瞬前まで楽園だった世界は、一瞬で地獄へ変わった。
「……なんで。」
ルナリアの瞳から涙が零れる。
あまりにも残酷だった。
あまりにも理不尽だった。
誰も悪くない。
誰も間違っていない。
それでも。
世界は滅びていく。
ゼロは静かに呟く。
「だから俺は戦った。」
その言葉とともに、光景が再び動き出す。
一人の青年が姿を現した。
黒い髪。
蒼い瞳。
漆黒の剣。
若き日のゼロ。
その姿は、シオンによく似ていた。
いや。
シオンという存在の原型、そのものだった。
若きゼロは迷うことなく空へ駆け上がる。
星喰いへ。
絶望へ。
世界を守るために。
「……まさか。」
シオンの声が掠れる。
ゼロは苦く笑った。
「ああ。」
懐かしさと後悔を滲ませながら頷く。
「黒星王は、俺から始まった。」
次の瞬間。
黒い光が若きゼロを包み込む。
世界中から光が集まる。
人々の願い。
守りたいという想い。
未来を信じる希望。
そのすべてが、一人の青年へ流れ込んでいく。
黒き輝きを纏い。
世界最初の黒星王が誕生した。
そして。
世界最初の戦いが始まる。
しかし。
その光景を見つめるゼロの表情は、少しも晴れなかった。
英雄の誕生を語る顔ではない。
勝利を知る者の顔でもない。
そこにあるのは――。
消えることのない後悔だけだった。
シオンは悟る。
これは英雄譚ではない。
勝利の物語でもない。
この先には。
世界の根幹を覆す、さらに残酷な真実が待っている。
光景はゆっくりと流れ続ける。
すべての始まりから。
すべてが壊れた、その日へ向かって。




