管理者軍団
無数の白い扉が、夜空を埋め尽くしていた。
飛行艇を包囲するように。
逃げ道を塞ぐように。
純白の転送門は次々と開き、その奥から白い軍勢が姿を現す。
管理者。
感情はない。
迷いもない。
存在する理由は、ただ一つ。
命令を遂行すること。
無機質な声が重なり合う。
『黒星王排除。』
『記憶保持者排除。』
『オリジン・アーカイヴ到達阻止。』
その宣告が響いた瞬間、夜空そのものが震えた。
ルナリアは甲板へ一歩踏み出し、静かに空を見上げる。
月光がその身を包み込み、蒼銀色の髪が夜風に揺れた。
「……数が、多すぎる。」
その声には、わずかな緊張が滲んでいた。
数百ではない。
数千。
いや、それ以上だ。
白い扉は今なお増え続けている。
まるで管理者領域そのものが、際限なく軍勢を送り込み続けているかのようだった。
レオニクスが黄金の剣を抜き放つ。
白銀の刀身が月光を反射し、鋭く輝いた。
「突破するしかないな。」
その言葉に、アリアが肩を竦める。
短剣を指先で軽く回し、不敵に笑った。
「簡単に言ってくれる。」
軽口とは裏腹に、その紅い瞳は鋭く敵を見据えている。
全員が理解していた。
ここで足止めされれば終わる。
残された時間は、六日。
無限とも思える敵と消耗戦を続ける余裕など、どこにもなかった。
シオンは静かに前へ歩み出る。
エクリプス・ブレイドを握る。
漆黒の刀身を蒼黒い光が包み込み、胸元の黒星晶が力強く脈打った。
その瞬間。
管理者軍団が一斉に反応する。
『危険度上昇。』
『黒星王出力増大。』
『優先排除対象更新。』
次の瞬間。
無数の光槍が一斉に放たれた。
純白の閃光が夜空を埋め尽くす。
世界法則そのものを破壊する管理者兵装。
通常の防御では、防ぐことすら許されない。
だが。
「――遅い。」
シオンの姿が消えた。
《観測者領域》。
空間そのものを飛び越え、一瞬で管理者軍団の中心へ到達する。
蒼い瞳が鋭く輝く。
漆黒の剣が振り下ろされた。
《黒星斬》
ズガァァァァァァァァァァン!!
蒼黒い斬撃が夜空を一直線に駆け抜ける。
管理者たちは抵抗する間もなく吹き飛び、純白の装甲が砕け散った。
法陣は崩壊し。
転送門は次々と消滅していく。
だが。
終わらない。
崩れた空間から、新たな管理者が次々と姿を現す。
尽きることのない軍勢。
まるで無限だった。
クロノが舌打ちする。
「……厄介だな。」
右手を掲げると、黄金の時計が夜空に浮かび上がる。
無数の歯車が重なり合い、時間の結界が展開された。
《クロノ・ドミニオン》
黄金の領域が広がる。
その瞬間。
管理者軍団の動きが目に見えて鈍くなった。
時間そのものを引き延ばし、敵の行動速度を強制的に落としている。
「今だ!」
クロノの叫びと同時に。
ルナリアが空へ駆け上がる。
蒼銀色の光が夜空いっぱいへ広がった。
その背後には、三つの月が静かに浮かぶ。
月の継承者。
記憶保持者。
世界改変に抗う唯一の存在。
《メモリア・ルナ》
銀色の波紋が静かに広がる。
その光に触れた瞬間。
管理者たちの動きが乱れ始めた。
『異常発生。』
『記録汚染。』
『記憶侵食。』
『演算不能。』
管理者にとって、記憶は最大の弱点だった。
ルナリアの力は、世界を書き換える管理者の法則そのものへ干渉する。
存在の基盤を揺さぶり、演算を崩壊させる力。
その光景を見たアリアが口元を吊り上げた。
「相変わらず反則だな。」
その身体が影へ溶け込む。
次の瞬間。
十体を超える管理者の背後へ同時に現れた。
漆黒の閃光。
音すら置き去りにする暗殺術。
短剣が閃くたび。
首が宙を舞い。
法陣が砕け。
純白の身体は粒子となって消滅していく。
その反対側では。
レオニクスが一直線に敵陣へ突撃した。
白銀の閃光が夜空を切り裂く。
巨大な剣圧が管理者たちをまとめて吹き飛ばした。
「道を開けろ!」
轟音とともに純白の軍勢が左右へ弾き飛ばされる。
その間にも、《ルミナス》は全速力で前進を続けていた。
しかし。
船首に立つシオンだけは、戦場を見ていなかった。
蒼い瞳は、そのさらに先を見据えている。
戦況はこちらが優勢。
それでも。
胸の奥の違和感が消えない。
(……何かがおかしい。)
管理者軍団は本気ではない。
倒しても倒しても増え続ける。
目的は殲滅ではない。
足止め。
時間稼ぎ。
つまり――。
「別の狙いがある。」
その瞬間だった。
遥か前方。
世界の果て。
闇の向こうで、巨大な光が静かに輝き始めた。
まるで世界の中心に浮かぶ太陽。
すべての始まり。
すべての記録。
無限とも思える光が、静かに脈動している。
クロノが息を呑んだ。
「……見えた。」
ルナリアも目を見開く。
「まさか……。」
シオンは確信する。
あれこそが。
世界誕生の記録庫。
すべての世界線が交わる神域。
オリジン・アーカイヴ。
だが。
その歓喜は、一瞬で凍りついた。
光の前に。
一つの影が立っていた。
巨大な黒い影。
人の姿。
長く揺れる黒髪。
漆黒の外套。
そして――。
蒼い瞳。
シオンの呼吸が止まる。
あり得ない。
そんなことは、絶対にあり得ない。
なぜなら。
そこに立っていたのは――。
自分自身だった。
飛行艇に、重い沈黙が落ちる。
誰一人、言葉を発せない。
やがて、その存在はゆっくりと口元を歪めた。
まるで。
シオンたちがここへ辿り着くことを、最初から知っていたかのように。




