世界の中心
世界の終焉まで――残り六日と二十三時間。
王都セレスティアを発ったシオンたちは、世界の最果てを目指していた。
彼らを乗せた飛行艇は、静かに雲海を切り裂きながら進んでいく。
しかし。
その空は、もうかつての空ではなかった。
夜空には無数の白い亀裂が走り、その傷跡は刻一刻と広がり続けている。
空と海の境界は曖昧になり、世界の輪郭そのものが崩れ始めていた。
遥か彼方では、連なる山脈が光の粒子となって静かに崩れていく。
海は水平線を失い、どこまでも白く滲んでいる。
深い森からは色彩が抜け落ち、生命の息吹が少しずつ消えていた。
まるで世界そのものが、自らの終わりを受け入れ始めているかのようだった。
その光景を、《ルミナス》の甲板からルナリアは静かに見つめていた。
「……こんなに早いなんて。」
震える声が漏れる。
蒼銀色の瞳には、広がり続ける終焉の景色が映っていた。
エンド・リライト。
管理者が発動した世界終了術式。
それは単なる破壊ではない。
都市を壊すわけでも。
命を奪うだけでもない。
存在そのものを書き換え、世界を白紙へ戻すための終末。
積み重ねられた歴史も。
紡がれてきた未来も。
生まれるはずだった可能性さえも。
何一つ残さず消し去ってしまう。
シオンは船首に立ち、吹きつける風を受けながら空を見上げた。
遥か彼方。
世界の外側。
あの場所では今も、アーカイヴが戦い続けている。
真なる星喰いを足止めするために。
たった一人で。
「急がないとな。」
小さく呟く。
蒼い瞳には焦りよりも、強い決意が宿っていた。
時間は残されていない。
アーカイヴも長くは持たない。
世界もまた、終焉へ向かっている。
だからこそ。
辿り着かなければならない。
オリジン・アーカイヴ。
すべてが始まった場所へ。
世界誕生の真実が眠る神域へ。
その時だった。
ゴォンッ――!!
飛行艇全体を激しい衝撃が襲う。
船体が大きく揺れ、甲板を震わせた。
警報音が一斉に鳴り響く。
赤い警告灯が船内を照らし出す。
「敵襲!」
甲板へ駆け出してきた兵士が叫ぶ。
その声に、全員が一斉に空を見上げた。
白い扉。
管理者転送門。
一つではない。
十でも百でもない。
数百。
いや――数千。
夜空を覆い尽くすほどの転送門が、次々と展開されていく。
その光景は、まるで空そのものが裂けていくようだった。
そして。
純白の光の中から、無数の人影が姿を現す。
白い外套。
統一された仮面。
感情を持たない瞳。
管理者直属部隊。
再編集執行官。
世界編集兵。
黒星王抹殺部隊。
無数の兵が整然と空中へ並び、飛行艇を包囲する。
機械のように揃った声が響いた。
『対象確認。』
『黒星王。』
『記憶保持者。』
『オリジン・アーカイヴ到達を阻止する。』
無機質な宣告。
そこに迷いも慈悲もない。
ただ命令だけが存在していた。
ルナリアが静かに前へ出る。
月光がその身を優しく包み込み、蒼銀色の輝きが夜空へ広がる。
アリアは腰の短剣を抜き、不敵に口元を吊り上げた。
「歓迎が派手すぎるだろ。」
その隣で、レオニクスが黄金の剣を静かに構える。
「なら、道を切り開くだけだ。」
セレスも剣を抜き放ち、兵士たちへ視線を向ける。
「ここからが本当の戦いだ。」
旅は始まったばかり。
それでも世界は、彼らに一瞬の猶予すら与えようとはしない。
シオンは静かにエクリプス・ブレイドを抜いた。
漆黒の刀身を、蒼黒い光がゆっくりと包み込む。
その輝きに呼応するように、胸元の黒星晶が脈動した。
彼は仲間たちを一度だけ見渡す。
互いに頷き合う。
もう言葉はいらない。
「――行くぞ。」
短い一言。
だが、それだけで十分だった。
仲間たちは力強く頷く。
世界の終焉まで、残り六日。
世界誕生の秘密を求める旅は、今まさに動き始めた。
その行く手には。
数え切れない敵と。
想像すら及ばない真実が待ち受けていることを――
まだ誰も知らなかった。




