最終兵器ワールド・イーター
蒼黒い光柱が、夜空を貫いた。
王都セレスティアの中心から天へと伸びるその輝きは、まるで絶望に覆われた世界へ、一筋の希望を刻み込むかのようだった。
人々が空を見上げる。
兵士たちは息を呑み。
子どもたちは涙を浮かべる。
誰もが知っていた。
あの光を。
たとえ記憶を失っていても。
魂だけは覚えている。
幾度となく世界を救ってきた、英雄の輝きを。
シオン・アルヴィス。
黒星王。
最後の観測者。
彼は静かに黒き大剣を構え、遥か上空を見据えていた。
その視線の先にいるのは――終末。
世界を消去するためだけに創られた、管理者最終兵器。
ワールド・イーター。
純白の巨体が、ゆっくりと動き出す。
ただ腕をわずかに動かしただけで、空間が軋みを上げた。
雲海は吹き飛び。
大気は震え。
夜空そのものが悲鳴を上げる。
全高、数千メートル。
王都すら飲み込む巨体。
人類が積み重ねてきた歴史、そのすべてを踏み潰すためだけに存在する怪物だった。
『黒星王』
感情のない声が響く。
だが。
その無機質な響きの奥に、わずかな敵意が滲んでいるように感じられた。
『観測誤差、確認』
『排除対象、認定』
『世界修正を開始する』
ワールド・イーターの胸部がゆっくりと開く。
内部で純白の光が膨れ上がっていく。
眩い輝き。
世界法則そのものを書き換え、存在ごと消去する終末砲撃。
ルナリアが叫ぶ。
「シオン!」
しかし。
シオンは振り返らなかった。
ただ静かに、一歩前へ踏み出す。
「大丈夫だ。」
穏やかな声だった。
それだけで、不思議なほど心が落ち着く。
三年前と同じだった。
どんな絶望の前でも。
どんな強敵を前にしても。
シオンは必ずそう言った。
そして。
必ず守ってきた。
だから。
誰も彼を止めなかった。
次の瞬間。
ドォォォォォォォォォォォン!!
ワールド・イーターが砲撃を放つ。
純白の閃光が夜空を埋め尽くす。
空が消える。
雲が消える。
大気すら蒸発していく。
終焉そのものが、一直線に王都へ降り注いだ。
逃げられない。
避けられない。
防ぐこともできない。
本来ならば。
だが。
シオンは静かに剣を握り締める。
エクリプス・ブレイド。
その漆黒の刀身を、蒼黒い光が包み込んでいく。
第一世界で受け継いだ意志。
虚無の観測者が最後に託した希望。
そのすべてが、今この一振りへ集約される。
「終わらせない。」
蒼い瞳が輝く。
胸元の黒星晶が、大きく脈打った。
ドクン――。
その瞬間。
世界が静止する。
ほんの一瞬。
刹那にも満たない時間。
だが。
観測者にとっては、それで十分だった。
《終焉観測》
時間が止まる。
空間が止まる。
未来が止まる。
静止した世界の中で。
シオンだけが空へ駆け上がる。
純白の閃光へ。
終焉そのものへ。
そして。
黒き大剣を振り抜いた。
漆黒の一閃。
蒼黒い軌跡が夜空を切り裂く。
ズガァァァァァァァァァァン!!
世界が揺れた。
純白の砲撃が、真っ二つに裂かれる。
終末の光は、そのまま空中で崩壊し――
王都へ届くことなく。
完全に。
跡形もなく消滅した。
誰も動けなかった。
レオニクスは目を見開き。
アリアは息を呑み。
エリナは言葉を失う。
誰一人として理解できない。
今、何が起きたのか。
終末を斬った。
ただ、それだけ。
だが。
その「それだけ」が、本来あり得ない奇跡だった。
ワールド・イーターが、初めて沈黙する。
巨体の周囲で無数の演算式が乱れ始めた。
管理者軍団にも動揺が走る。
『観測不能』
『計算不能』
『矛盾発生』
『未来予測、失敗』
その報告を聞いたシオンは、小さく笑う。
「そうだろうな。」
黒い粒子が身体から静かに零れ落ちる。
第一世界で受けた負荷は、まだ癒えていない。
それでも構わなかった。
シオンはワールド・イーターを真っ直ぐ見据える。
「未来は――計算で決まるものじゃない。」
その言葉に呼応するように。
ワールド・イーターの瞳が強く光る。
巨大な腕がゆっくりと持ち上がった。
次の攻撃が来る。
だが。
今度は、シオン一人ではなかった。
蒼銀色の閃光が夜空を駆ける。
ルナリアだった。
月光を纏い、迷いなくシオンの隣へ並ぶ。
「一人では戦わせない。」
シオンは小さく笑う。
「知ってる。」
続いて。
白銀の光が空を裂く。
レオニクスが黄金の剣を構えながら舞い上がる。
「久々の共闘だな。」
その反対側には。
黒い影が静かに降り立つ。
短剣を構えたアリアが、不敵に笑った。
「今度こそ、借りは返してもらう。」
さらに。
翡翠色の光が優しく広がる。
エリナが無数の治癒術式を展開し、仲間たちを包み込む。
「絶対に……誰一人、死なせません。」
その声には揺るぎない覚悟が宿っていた。
王城では、無数の騎士団が一斉に出撃を開始する。
セレスが剣を高く掲げる。
「王都防衛戦を開始する!」
その号令に応えるように。
兵士たちが一斉に雄叫びを上げた。
歓声が広がる。
絶望だけに覆われていた空へ。
一人、また一人と希望が集まっていく。
ワールド・イーターは巨大だった。
圧倒的だった。
それでも。
今の王都には英雄たちがいる。
そして。
黒星王がいる。
――その時だった。
ワールド・イーターの背後。
純白の法陣、そのさらに奥。
誰も見たことのない巨大な門が、静かに姿を現した。
純白の門。
世界の外側へ繋がる門。
その姿を見た瞬間。
管理者たちが一斉に跪く。
『管理者権限確認』
『最高権限接続』
『管理者王アクセス開始』
その言葉に。
シオンの表情が変わる。
ルナリアも息を呑む。
レオニクスも。
アリアも。
全員が、その気配を知っていた。
忘れるはずがない。
世界そのものを支配する存在。
純白の門が、ゆっくりと開いていく。
眩い光の奥。
静寂の中で。
一対の銀色の瞳が、静かにこちらを見つめていた。




