世界終了命令の残響
純白の巨人が、目を開いた。
その瞬間。
王都セレスティア全体を押し潰すような重圧が、空から降り注いだ。
空気が凍りつく。
肺が押し潰され、呼吸すらままならない。
広場にいた人々は次々と膝をつき、兵士たちの手から武器が滑り落ちていく。
強者も弱者も関係なかった。
立っているだけで世界を屈服させる、絶対的な威圧。
それが今、空の彼方に存在していた。
「……なんだよ、あれ」
アリアが顔をしかめる。
額に浮かんだ冷や汗が、頬を伝って落ちた。
数え切れないほどの死線を潜り抜けてきた彼女でさえ、本能が逃げろと叫んでいる。
隣では、レオニクスが黄金の剣を強く握り締めていた。
その表情に、いつもの余裕はない。
「ただの管理者兵器ではない」
蒼い瞳が、遥か上空の巨人を射抜く。
「あれは――災害そのものだ」
巨大法陣の中心。
純白の巨人が、ゆっくりと身体を起こしていく。
ただ立ち上がる。
それだけの動作で大気が悲鳴を上げた。
雲海が吹き飛び、夜空そのものが大きく歪む。
全高、数千メートル。
連なる山脈すら小石に見えるほどの巨体。
神話に語られる神々でさえ、比べることすら許されない。
絶対的な終焉。
世界を終わらせるためだけに存在するものが、今ここに目覚めていた。
『ワールド・イーター』
感情のない声が、世界全体へ響き渡る。
周囲に展開していた管理者たちが、一斉に膝をついた。
『起動完了』
『世界終了命令を実行する』
『第四世界消去を開始する』
その宣告と同時に、夜空を覆っていた法陣がさらに拡大した。
王都だけではない。
大陸全域。
海洋国家。
北方氷原。
世界樹都市アストレア。
辺境の村々。
世界中の空に、同じ純白の法陣が浮かび上がっていく。
終末の輪。
世界そのものを消去するための術式。
ルナリアの顔から血の気が引いた。
「そんな……」
セレスも言葉を失っていた。
王として、これまで幾度も危機に直面してきた。
戦争。
反乱。
星晶災害。
都市崩壊。
だが、これはそのどれとも違う。
戦争ではない。
災害ですらない。
世界そのものへ下された、死刑宣告だった。
その時。
王都中央広場の上空に、巨大な光板が出現する。
純白の文字列。
無数に流れる管理者の演算式。
そして。
その中央に、巨大な数字が表示された。
【残存時間 167:59:59】
次の瞬間。
数字が動き始める。
167:59:58
167:59:57
167:59:56
一秒ずつ。
静かに。
確実に減っていく。
広場にいる誰も、その意味を理解できなかった。
ただ一人。
シオンを除いて。
「……七日間」
全員の視線が、一斉にシオンへ向けられる。
シオンは空を見上げたまま、低い声で告げた。
「世界が消えるまでの時間だ」
その一言で。
王都から、すべての音が消えた。
七日。
残された時間は、わずか七日。
七日後には、すべてが終わる。
積み重ねてきた歴史も。
築き上げた文明も。
生きてきた人々も。
これから生まれるはずだった未来も。
何一つ残らない。
完全な消去。
存在していたという記録すら、世界から失われる。
アリアが強く舌打ちした。
「冗談じゃない」
レオニクスも険しい表情で数字を見上げる。
「七日で世界を救えということか」
だが。
シオンは静かに首を横へ振った。
「違う」
蒼い瞳が鋭く細められる。
「七日以内に、答えを見つけろってことだ」
第一世界。
虚無の観測者。
最後に託された言葉。
そして。
未だ明かされていない、世界の真実。
ばらばらだったすべての欠片が、少しずつ繋がり始めていた。
だが。
考える時間すら、管理者は与えなかった。
王都上空。
ワールド・イーターの胸部が、ゆっくりと左右へ開いていく。
その内部で。
白い光が収束し始めた。
膨大なエネルギー。
膨大な法則。
物質を破壊する力ではない。
空間を砕く力でもない。
世界そのものを記録から消去するための力。
エリナの表情が一変した。
「まずい!」
翡翠の瞳が大きく見開かれる。
「あれは、撃たせてはいけません!」
シオンもすぐに理解した。
あれは警告ではない。
威嚇でもない。
試射ですらない。
ワールド・イーターは本気で、王都を消し去るつもりだった。
『第一目標』
冷たい声が響く。
『黒星王』
続けて。
『第二目標』
『記憶保持者』
そして。
『消去開始』
収束していた白光が、一気に膨れ上がった。
夜空が消える。
月も星も見えなくなる。
王都全体が、純白の死で塗り潰されていく。
人々の悲鳴。
兵士たちの叫び。
逃げ場はない。
避けることもできない。
王都全域が射程内だった。
絶望が、瞬く間に広がっていく。
だが。
その時だった。
シオンが一歩、前へ出た。
黒い外套が夜風にはためく。
蒼い瞳に、迷いはなかった。
「……ようやく分かった」
仲間たちが振り返る。
シオンは背負っていた剣へ手を伸ばす。
ゆっくりと。
漆黒の刀身を鞘から引き抜いた。
黒き大剣。
エクリプス・ブレイド。
その刀身に、蒼黒い光が灯る。
「俺が帰ってきた理由が」
胸元の黒星晶が、力強く脈打った。
ドクン――。
第一世界で見た記憶。
虚無の観測者が抱えていた絶望。
最後に託された未来。
待ち続けてくれた仲間たちの願い。
そのすべてが、シオンの中で一つの力へ変わっていく。
シオンは剣を構えた。
世界最大の終末兵器を、真っ直ぐに見据える。
「この世界を守るためだ」
次の瞬間。
蒼黒い光柱が王都から立ち上がり、純白に染まった夜空を貫いた。
世界が震える。
黒星晶の鼓動が、終末機構の演算を揺らす。
そして。
ワールド・イーターが、初めてその視線を動かした。
黒星王へ。
帰還した英雄へ。
最後の観測者へ。
世界を喰らう終末兵器と。
世界を守るために帰還した英雄。
両者の視線が、夜空の中心で交差する。
戦いはまだ始まっていない。
それでも。
誰もが理解していた。
ここから先が。
本当の終末戦争なのだと。




