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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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思い出された英雄

シオンの帰還は、王都だけの出来事ではなかった。


その瞬間。


世界そのものが、静かに震えていた。


誰にも見えない場所で。


誰にも聞こえない場所で。


封じられていた記憶が、ゆっくりと目を覚まし始める。


まるで長い眠りから覚めるように。


忘却の底へ沈められていた歴史が、少しずつ世界へ還り始めていた。


王都セレスティア。


中央広場。


人々は夜空を見上げたまま、その場から動けずにいた。


黒髪の少年。


蒼く澄んだ瞳。


漆黒の大剣を携えた姿。


その姿を目にした瞬間。


胸の奥で、何かが音を立てて弾けた。


忘れていたはずなのに。


知らないはずなのに。


理由も分からぬまま、涙だけが頬を伝っていく。


「……なんで。」


若い兵士が震える声を漏らした。


「俺……知ってる……。」


隣に立っていた仲間が振り返る。


その瞳もまた涙で滲んでいた。


「……お前もか。」


二人だけではない。


広場に集まった誰もが同じだった。


名前は思い出せない。


記憶も曖昧なまま。


それでも。


魂だけは覚えている。


あの少年に救われたことを。


その時だった。


群衆の中から、一人の老人が震える声で呟いた。


「……シオン。」


周囲の人々が一斉に振り返る。


老人は夜空を見つめたまま、もう一度口を開いた。


「シオン・アルヴィス……。」


その名が世界へ響いた瞬間。


ドクン――。


世界が脈打つ。


目には見えない波紋が王都を駆け抜ける。


忘却を縛っていた鎖に、小さな亀裂が走った。


そして。


一人。


また一人。


人々が、その名を口にし始める。


「シオン……。」


「黒星王……。」


「英雄……。」


「世界を救った人……。」


失われた歴史が。


世界へ帰り始めていた。


王都北区。


騎士団本部。


訓練場に立つレオニクス・アストレアは、静かに夜空を見上げていた。


白銀の髪が風に揺れる。


蒼い瞳には、揺るぎない確信が宿っていた。


「……帰ってきたか。」


短い言葉。


だが、その一言には、長い年月待ち続けた者だけが持つ想いが込められていた。


脳裏に蘇る。


共に戦った日々。


背中を預け合った戦場。


何度も剣を交えた鍛錬。


そして。


最後の別れ。


レオニクスは静かに目を閉じる。


口元がわずかに緩んだ。


「遅いぞ。」


その声は叱責ではない。


ようやく帰ってきた親友へ向ける、不器用な歓迎だった。


王都西区。


聖堂の屋上。


エリナ・ヴェルティアは胸元を押さえていた。


止まらない。


涙が止まらない。


理由など説明できなかった。


それでも。


空に立つ少年を見た瞬間。


すべてを思い出した。


傷ついた仲間を癒やした日。


焚き火を囲み、未来を語り合った夜。


希望を信じ続けた時間。


「本当に……。」


震える声が夜風へ溶ける。


「帰ってきてくれたんですね。」


大粒の涙が頬を伝い、静かに地面へ落ちた。


同じ頃。


王城。


玉座の間。


セレス・グランフォードは、ゆっくりと立ち上がる。


玉座の横へ置かれていた王冠を静かに手に取った。


その顔に浮かんでいるのは、一国の王ではない。


一人の友を待ち続けていた青年の表情だった。


「……馬鹿野郎。」


思わず苦笑が漏れる。


「どれだけ待たせるんだ。」


思い返す。


共に笑った日々。


共に戦った日々。


そして。


世界を救うため、一人で消えていった少年の背中。


セレスは窓辺へ歩み寄る。


夜空の彼方。


そこには確かに、シオンの姿があった。


王としてではなく。


友として、静かに呟く。


「帰ってきたなら。」


その瞳が鋭く光る。


「今度は、一人で背負わせない。」


その決意に呼応するように。


王城を照らす無数の星晶灯が、一斉に蒼く輝き始めた。


だが。


変化は王都だけでは終わらない。


海上国家マリネス。


北方氷原。


世界樹都市アストレア。


辺境の村々。


忘れ去られた遺跡。


世界中で、同じ現象が起き始めていた。


夢を見る者。


理由もなく涙を流す者。


胸の奥に懐かしさを覚える者。


そして。


消された歴史の欠片が、少しずつ世界へ戻っていく。


英雄は帰ってきた。


まだ、誰もすべてを思い出したわけではない。


それでも。


確実に変化は始まっていた。


世界が。


再び、シオン・アルヴィスという存在を受け入れ始めていた。


しかし。


その光景を、冷たい瞳で見つめる者たちがいた。


世界の外側。


管理者領域。


純白の空間。


無数の光板が浮かぶ巨大な神殿。


その最奥で。


一対の銀色の瞳が、静かに開かれる。


『黒星王帰還確認。』


無機質な声が響く。


『記憶復元率、上昇。』


淡々と演算が続く。


『世界修正、失敗。』


感情は存在しない。


あるのは、事実だけだった。


黒星王は帰還した。


世界は英雄を思い出し始めている。


このままでは。


第四世界は再び管理不能となる。


沈黙の中。


純白の神殿、その最奥。


巨大な封印の扉が、ゆっくりと軋みを上げた。


長い眠りを終えるように。


誰も知らない。


誰も見たことがない。


管理者ですら最後まで封印し続けていた終末機構。


その奥深くで。


純白の巨人が、静かに瞼を開く。


世界を滅ぼすためではない。


世界そのものを”管理”するためだけに創られた存在。


管理者最終兵器。


その胸の奥で。


ゆっくりと鼓動が鳴り始める。


ドクン――。


まるで。


王都へ迫る、新たな終焉の始まりを告げる鐘の音のように。

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