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ECLIPSE CHRONICLE ー エクリプス・クロニクル ー  作者: 神宮せいや
ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH

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帰還の鼓動

王都セレスティアの夜は、静かだった。


虚無の観測者との戦いから、数時間。


空を覆っていた巨大な亀裂はゆっくりと閉じ始め、崩壊寸前だった世界にも、わずかな安定が戻りつつあった。


だが。


誰一人、安堵はしていない。


終わってはいない。


むしろ――すべては、ここから始まる。


そのことを、この場にいる誰もが本能で理解していた。


王都中央広場。


ルナリアは、一人夜空を見上げていた。


蒼銀色の長い髪が夜風に揺れる。


降り注ぐ月明かりが、その横顔を優しく照らしていた。


胸元では、月の紋章が淡く輝いている。


記憶保持者。


月の継承者。


世界が何度再構築されても、記憶を繋ぎ続ける存在。


けれど今の彼女は、そんな肩書きを忘れていた。


ただ一人の少女だった。


大切な人の帰りを待ち続ける、一人の少女。


「……遅い。」


小さな呟きは夜空へ溶けていく。


返事はない。


吹き抜ける夜風だけが静かに頬を撫でた。


分かっている。


第一世界で何が起きているのか。


シオンがどれほど危険な場所で戦っているのか。


頭では理解していた。


それでも。


胸の奥を締め付ける不安だけは消えてくれない。


もし帰ってこなかったら。


もし、また世界のどこかへ消えてしまったら。


その想像をするだけで、息が苦しくなる。


「ルナリア様。」


背後から穏やかな声が響いた。


振り返ると、アリアが立っていた。


黒い外套を羽織り、長い黒髪を夜風になびかせている。


以前よりも、どこか柔らかな表情だった。


アリアもまた、ルナリアの隣へ並ぶように夜空を見上げる。


「……まだ戻らないのか。」


「うん。」


短い会話。


それだけで十分だった。


互いに口にはしない。


だが、その胸にある想いは同じだった。


心配している。


あの少年の帰りを。


アリアは小さく息を吐く。


「本当に……世話の焼ける奴だ。」


その言葉に、ルナリアは思わず笑みをこぼした。


「それは同感。」


二人は顔を見合わせ、小さく笑う。


ほんの一瞬だけ、不安が和らいだ。


――その時だった。


ドクン。


胸の奥で鼓動が鳴る。


ルナリアの身体が小さく震えた。


同時に、月の紋章が眩く輝き始める。


蒼銀色の光が足元から広場全体へ広がっていく。


アリアが驚いて振り返った。


「ルナリア?」


ルナリア自身も驚いていた。


だが。


この感覚だけは間違えようがない。


忘れるはずがない。


忘れたくなかった。


ずっと待ち続けていた、この鼓動。


「……来る。」


震える声が漏れる。


その瞬間。


王都の夜空が微かに揺れた。


星々が一斉に瞬く。


風が止まる。


空気が静止する。


そして。


世界そのものが、大きく脈打った。


ドクン――。


巨大な心臓が鼓動したかのような衝撃。


王都中の人々が一斉に顔を上げる。


城壁を守る兵士たち。


夜の市場を片付けていた商人。


眠る前にはしゃいでいた子どもたち。


誰もが、同じ方向を見ていた。


夜空。


その中心だった。


次の瞬間。


王都上空へ、蒼黒い光が現れる。


最初は、小さな星のようだった。


しかし。


瞬く間に大きくなる。


一直線に。


王都へ向かって落ちてくる。


流星のように。


神話に語られる英雄の帰還のように。


蒼黒い軌跡が夜空を駆け抜けた。


ルナリアの瞳から涙が溢れる。


「……シオン。」


その名を呼んだ瞬間。


蒼黒い光が止まった。


王都の上空。


蒼い月の前。


そこに、一人の少年が立っていた。


黒髪。


蒼い瞳。


黒い外套を纏い。


右手には、黒き大剣。


誰も忘れたくなかった存在。


誰もが、心のどこかで待ち続けていた存在。


シオン・アルヴィス。


黒星王。


最後の観測者。


そして――世界から追放された英雄。


その姿を目にした瞬間。


王都全体が静まり返った。


誰も声を出せない。


誰も動けない。


夢なのか。


現実なのか。


その境界さえ曖昧になるほど、美しい光景だった。


シオンは静かに王都を見下ろす。


懐かしい街並み。


帰りたかった場所。


守りたかった世界。


すべてが、そこにあった。


蒼い瞳が優しく細められる。


そして。


静かに微笑んだ。


三年間。


誰にも届かなかった笑顔。


孤独の中で、失われかけていた笑顔。


その笑顔が今、ようやくこの世界へ帰ってくる。


シオンは小さく呟いた。


「……帰ってきたぞ。」


決して大きな声ではなかった。


それでも、その言葉は不思議なほど遠くまで響いた。


兵士の胸へ。


老人の胸へ。


子どもたちの胸へ。


そして。


忘れ去られていた記憶の奥深くへ。


魂が震える。


理由は分からない。


それでも涙が溢れる。


胸が熱くなる。


誰も知らないはずなのに。


誰も覚えていないはずなのに。


世界は少しずつ思い出し始めていた。


忘れていた英雄の存在を。


その名を。


――シオン・アルヴィスを。


しかし、その歓喜を見下ろす者がいた。


遥か上空。


誰の視界にも映らない場所。


純白の巨大な魔法陣が、音もなく展開される。


管理者領域。


世界の外側。


沈黙を守っていた終末機構が、再びゆっくりと起動を始めた。


まるで。


英雄の帰還、その瞬間だけを待ち続けていたかのように。


静かに。


確実に。


新たな終焉が、この世界へ近づいていた。

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