第一世界の扉
王都セレスティア上空。
まるで時間そのものが止まったかのような静寂が、世界を包み込んでいた。
白き神兵《AE-Ω》。
黒星王シオン・アルヴィス。
記憶保持者ルナリア・セレス。
集い始めた英雄たち。
そして――。
白銀の観測者。
戦場にいるすべての者の視線が、一点へと吸い寄せられていた。
そこには、世界の理すら揺るがす光景が広がっていた。
⸻
白銀の観測者の背後。
巨大な蒼銀色の魔法陣が、静かに回転を続けている。
幾重にも重なる円環。
複雑に絡み合う術式。
その中心を埋め尽くすのは、誰も見たことのない古代文字だった。
失われた文字。
失われた言語。
この時代の誰一人として読むことのできないはずの記録。
――だが。
シオンだけは違った。
見覚えがある。
知らないはずなのに。
読める。
意味が分かる。
まるで、自分自身の記憶を読み返しているかのように。
蒼銀色の文字が、ゆっくりと浮かび上がる。
『観測開始』
『記録解放』
『第一世界接続』
その瞬間だった。
⸻
「……っ!」
シオンの視界が白く染まる。
膨大な記憶が、一気に脳へ流れ込んできた。
頭が割れるように痛む。
意識が引き裂かれる。
膝が崩れ落ちる。
「シオン!」
ルナリアが慌ててその身体を支える。
しかし。
シオンの意識は、すでに別の世界へ引き込まれていた。
⸻
真っ白な世界だった。
果てしなく続く青空。
どこまでも広がる緑の大地。
風は穏やかで。
空気は優しく。
そこには争いの気配など微塵もない。
管理者はいない。
星喰いもいない。
終末も存在しない。
聞こえてくるのは。
人々の笑い声だけだった。
子どもたちが駆け回る。
市場には活気が溢れ。
家族が笑い合い。
街には平和な日常が流れている。
誰も恐れていない。
誰も泣いていない。
そこは――。
第一世界。
すべてが始まる以前の世界。
失われた最初の世界。
あらゆる歴史の原点。
シオンは息を呑む。
「……これが。」
⸻
しかし。
その平穏は、永遠ではなかった。
空が黒く染まる。
大地が裂ける。
無数の星が堕ちる。
響き渡る悲鳴。
燃え上がる街。
崩れゆく大地。
人々の絶望。
世界そのものが、ゆっくりと終焉へ呑み込まれていく。
第一世界は。
滅びていた。
⸻
その崩壊の中心に。
一人の少年が立っていた。
黒髪。
蒼い瞳。
どこかシオンによく似た面影。
だが。
同じ人物ではない。
少年は、涙を流していた。
震える唇から、小さく願いが零れる。
『誰か……助けてくれ。』
その声は誰にも届かない。
炎と絶望だけが世界を覆っていた。
それでも少年は叫び続ける。
『誰か……未来を守ってくれ。』
その願いは。
世界最後の祈りだった。
そして――。
その祈りが。
観測者を生んだ。
その祈りが。
管理者を生んだ。
その祈りが。
黒星王を生んだ。
すべての始まり。
すべての運命。
その原点が、ここにあった。
⸻
「……まさか。」
シオンは理解する。
黒星王は偶然誕生した存在ではない。
管理者へ対抗するためだけに造られた兵器でもない。
黒星王とは。
第一世界を生きた人々が、最後まで未来を諦めなかった証。
希望を未来へ託した意志。
その願いを受け継ぐ者こそが、黒星王だった。
⸻
その瞬間。
映像が激しく揺らぐ。
世界が音を立てて砕け散った。
ドォォォォォォォォォォォォォン――!!
⸻
王都セレスティア上空。
神兵《AE-Ω》が暴走を始めていた。
黄金だった瞳が、不気味な赤黒い色へ染まっていく。
胸部の世界法陣は制御を失い、異様な速度で回転を続けていた。
管理者たちの演算が乱れる。
『異常。』
『異常。』
『第一世界情報流出。』
『封印維持不能。』
無機質な警告が、途切れることなく響き続ける。
⸻
白銀の観測者が静かに振り返る。
その表情が、初めて揺らいだ。
「……まずいな。」
低く漏れたその声には、これまで一度も見せなかった緊張が滲んでいた。
レオニクスが叫ぶ。
「何が起きている!?」
白銀の観測者は暴走する神兵を見つめたまま、静かに答える。
「第一世界の記録を隠すための封印が壊れた。」
重い沈黙が落ちる。
アリアが眉をひそめる。
「……つまり、どういうことよ。」
白銀の観測者は、ゆっくりと空を見上げた。
そして、一言だけ告げる。
「……本物が来る。」
⸻
その瞬間だった。
世界が震える。
深淵が鼓動する。
空間そのものが悲鳴を上げた。
バキィィィィィィィィン――!!
王都上空に、巨大な亀裂が走る。
漆黒の裂け目。
そこから姿を現したものは。
神兵ではない。
管理者でもない。
《終焉を告げる者》ですらなかった。
そこにあったのは。
巨大な黒い瞳。
空そのものを覆い尽くすほど巨大な、一つの眼。
その存在を目にした瞬間。
王都中の人々は凍り付いた。
ルナリアは息を呑む。
レオニクスは剣を強く握り締める。
アリアは思わず一歩後ずさる。
だが。
シオンだけは、その存在を知っていた。
深淵領域で見た。
あの巨大な瞳。
――深淵の観測者。
しかし。
目の前に現れた存在は違う。
その瞳は蒼ではない。
赤黒く濁り。
見る者の魂を飲み込むような禍々しさを放っていた。
⸻
白銀の観測者が、小さく呟く。
「……来たか。」
その声には。
数万年という時を生きた彼が、初めて隠し切れない恐怖を滲ませていた。
ゆっくりと、その名を口にする。
「……虚無の観測者。」
世界の始まりより存在し。
第一世界を滅ぼした災厄。
管理者ですら倒すことができず。
封印することしかできなかった絶対的存在。
⸻
巨大な赤黒い瞳が。
ゆっくりとシオンを見つめる。
その視線だけで、世界の空気が凍り付く。
やがて。
深淵の底から響くような声が、静かに告げた。
『見つけた。』
世界が止まる。
続いて放たれた一言が、シオンの胸を貫いた。
『最後の観測者。』
その瞬間。
シオンの胸に宿る黒星晶が激しく鼓動を始める。
まるで、その声へ応えるように。
⸻
黒星王の帰還。
英雄たちの再集結。
第一世界の真実。
そして――。
虚無の観測者の降臨。
すべての運命が、一つへと収束していく。
『ECLIPSE CHRONICLE:REBIRTH』最大の戦争は、新たな局面へ。
そして、封印されていた第一世界編の幕が、静かに上がろうとしていた。




