再会の約束
王都セレスティア上空。
蒼銀色の光が夜空を駆け抜ける。
まるで月光そのものが流星となり、大空を翔けているかのようだった。
砕け始めた白い法陣。
空を覆う管理者軍団。
崩壊へ向かう終末機構。
そのすべてを貫きながら。
蒼銀色の光は迷うことなく一直線に進む。
たった一人。
たった一人の待つ場所へ。
⸻
シオンは静かに空を見上げていた。
その光を見間違えるはずがない。
三年間。
何度夢に見ただろう。
何度その姿を思い浮かべただろう。
会いたかった。
ただ、それだけを胸に戦い続けてきた。
「……ルナリア。」
自然と名前が零れる。
その瞬間。
胸の奥で何かが弾けた。
ようやく帰ってきた。
本当に、この世界へ帰ってきたのだ。
⸻
上空の管理者たちが一斉に反応する。
『対象確認。』
『記憶保持者接近。』
『危険度上昇。』
『排除優先順位変更。』
無数の白い法陣が展開される。
純白の槍。
拘束する鎖。
幾重にも重なる光輪。
そのすべてが蒼銀色の流星へ照準を合わせた。
⸻
しかし。
ルナリアは一度も減速しない。
蒼銀色の瞳に迷いはなかった。
三年間。
何もできなかった。
思い出せなかった。
守れなかった。
その時間が、どれほど苦しかったのか。
どれほど自分を責め続けたのか。
誰よりも彼女自身が知っている。
だからこそ。
今だけは、絶対に止まれない。
二度と、この手を離さないために。
⸻
「邪魔しないで――!!」
ルナリアが右手を高く掲げる。
胸元の月の紋章が眩く輝いた。
月の継承者。
記憶保持者。
失われていた力が完全に目覚める。
《ルナ・メモリア》
世界が蒼銀色に染まった。
無数の記憶が光となり、夜空へ舞い上がる。
人々の想い。
仲間たちの願い。
失われた歴史。
忘却へ沈められた絆。
そのすべてが光となって世界を満たしていく。
⸻
ドォォォォォォォォォォォォォン――!!
蒼銀色の奔流が空を貫いた。
白い槍は砕け散る。
管理者軍団は弾き飛ばされる。
法陣は音を立てて崩壊した。
『異常。』
『異常。』
『記憶干渉確認。』
『解析不能。』
管理者たちは初めて明確な混乱を見せる。
演算では理解できない。
人の想いが、管理者の理を超え始めていた。
⸻
その光景を見つめる人々の中で、眠っていた記憶が少しずつ目を覚ます。
「……ルナリア様。」
誰かが震える声で呟く。
「月の継承者……。」
「そうだ……。」
「思い出した……。」
断片だった記憶が繋がっていく。
途切れていた歴史。
消された真実。
失われた日々。
少しずつ。
だが確実に。
世界は、本来あるべき記憶を取り戻し始めていた。
⸻
シオンはその姿を見つめ、静かに笑う。
「……強くなったな。」
かつてなら。
自分が誰より先に飛び出していた。
守るのは自分の役目だった。
だが、もう違う。
ルナリアは誰かに守られるだけの少女ではない。
自分の意志で。
自分の力で。
未来を掴もうとしている。
その姿が、誇らしかった。
⸻
やがて。
蒼銀色の光がゆっくりと広場へ降り立つ。
柔らかな風が吹く。
無数の光が花びらのように舞う。
そして。
シオンの目の前へ。
ルナリアは静かに降り立った。
⸻
二人は動かなかった。
ただ、お互いを見つめている。
周囲では激しい戦いが続いている。
空には管理者軍団が展開し続けている。
《エンド・リライト》も、まだ完全には止まっていない。
それでも。
今、この瞬間だけは。
世界には二人しか存在しなかった。
⸻
ルナリアの瞳が潤む。
シオンも何も言えない。
言葉が見つからない。
三年間という時間は長すぎた。
伝えたいことは山ほどある。
聞きたいことも数え切れない。
それでも。
今、一番強く胸にあるのは。
「会いたかった。」
その、たった一つの想いだった。
⸻
先に口を開いたのはルナリアだった。
「……遅い。」
涙混じりの声。
シオンは少し困ったように笑う。
「ごめん。」
「本当に遅い。」
「うん。」
「最低。」
「うん。」
「……馬鹿。」
シオンは肩をすくめ、小さく笑った。
「それは否定できない。」
⸻
その返事を聞いた瞬間。
ルナリアは堪えていたものが一気に溢れた。
泣きながら笑う。
そして、そのまま駆け出した。
勢いよくシオンの胸へ飛び込む。
今度こそ。
もう二度と離れないように。
シオンはしっかりと彼女を抱き止めた。
腕に力を込める。
失わないために。
もう二度と、この温もりを手放さないために。
⸻
「……ただいま。」
シオンが静かに囁く。
ルナリアは顔を胸へ埋めたまま、小さく答えた。
「……おかえり。」
たった一言。
それだけだった。
けれど。
三年間、言えなかった言葉。
三年間、届かなかった言葉。
その一言は、どんな言葉よりも温かく。
どんな約束よりも強かった。
⸻
その瞬間。
王都全体へ蒼黒い光と蒼銀色の光が広がる。
黒星王。
記憶保持者。
二つの力が共鳴する。
世界が鼓動を打つ。
人々の記憶はさらに蘇り始める。
仲間たちの心にも、小さな変化が生まれていく。
そして。
空を埋め尽くしていた管理者軍団が、初めて一歩後退した。
⸻
『危険度更新。』
『黒星王。』
『記憶保持者。』
『共鳴率上昇。』
『最優先排除対象認定。』
再び巨大な白い法陣が夜空いっぱいに展開される。
空間は歪み。
世界そのものが軋み始める。
シオンとルナリアは同時に空を見上げた。
二人とも理解している。
再会は果たした。
けれど。
戦いは終わっていない。
いや――。
ここからが、本当の戦いの始まりだ。
⸻
その時だった。
王城の方角から、新たな魔力が立ち上る。
蒼でもない。
銀でもない。
夜空を焦がすような、燃える紅い光。
シオンの蒼い瞳が大きく見開かれる。
ルナリアも息を呑み、その方角を振り向く。
二人とも、その気配を知っていた。
忘れるはずがない。
シオンは思わず呟く。
「……まさか。」
次の瞬間。
王都の夜空を、一筋の紅い閃光が真っ直ぐ天へ駆け上がった。




