世界終了命令
世界の最果て。
誰一人として辿り着くことのできない純白の領域。
管理者中枢――《アーカイヴ・コア》。
そこには音が存在しなかった。
風も吹かない。
空気も揺れない。
時間という概念さえ曖昧な、永遠に白だけが続く空間。
その中心。
巨大な純白の玉座の前で、一人の男が静かに立ち上がる。
アーカイヴ。
世界編集者。
管理者の王。
数え切れない世界再構築を見届け、管理し続けてきた絶対の存在。
劇場版で消滅したはずの男。
しかし――。
それはあくまで一つの器に過ぎなかった。
本体は今もなお、この最奥で世界を観測し続けている。
ゆっくりと銀色の瞳が開かれる。
そこに感情は存在しない。
怒りも。
悲しみも。
憎しみも。
歓喜も。
何一つない。
あるのは、ただ一つの結論だけだった。
⸻
「第四世界。」
静かな声。
その一言だけで純白の空間がわずかに震える。
次の瞬間。
無数の光板が周囲へ展開された。
数万。
数十万。
果ての見えない情報群。
そこに映し出されているのは、第四世界のすべての観測記録。
黒星王。
記憶保持者。
白銀の観測者。
最初の世界。
そして――。
最後の観測者。
本来、この世界へ存在してはならない要素が、次々と増殖していた。
一枚。
また一枚。
光板が赤く染まっていく。
異常。
異常。
異常。
警告表示は止まらない。
演算は続く。
それでも異常は増え続ける。
⸻
『黒星王帰還率』
九十八・七%
⸻
『記憶流出率』
六十二%
⸻
『管理者損耗率』
四十一%
⸻
『未来予測成功率』
零・三%
⸻
アーカイヴは無言のまま、その数値を見つめ続ける。
やがて静かに口を開いた。
「修正失敗。」
その瞬間。
純白の空間から、すべての音が消えた。
管理者にとって。
「失敗」という概念は存在しない。
あらゆる事象は演算され、修正される。
それが絶対だった。
しかし今だけは違う。
何万回も繰り返してきた世界。
何万回も修正してきた歴史。
そのすべてが、一人の少年によって覆されようとしている。
シオン・アルヴィス。
黒星王。
そして――最後の観測者。
⸻
アーカイヴの銀色の瞳へ、蒼黒い流星が映り込む。
世界へ帰還しようとしている存在。
管理者が最も恐れ続けた未来。
その未来が、もう目前まで迫っていた。
「許容誤差。」
わずかな間。
「限界突破。」
静かな宣告だった。
その声に迷いは一切ない。
管理者は世界を守るためだけに存在する。
ならば、導き出される結論は一つしかなかった。
アーカイヴはゆっくりと告げる。
「世界終了命令を発令する。」
⸻
その瞬間。
純白の空間全体へ、超巨大な法陣が展開された。
世界規模。
惑星規模。
いや。
次元そのものを覆い尽くす超巨大術式。
純白の光が永遠へ広がっていく。
同時に、無数の管理者たちが一斉に跪いた。
『承認。』
『承認。』
『承認。』
『承認。』
感情のない声が重なり合う。
それは祈りではない。
世界を終わらせるための儀式。
管理者だけが執行できる、最終権限。
その名は――。
《エンド・リライト》
全歴史消去。
全記録削除。
全生命初期化。
世界そのものを完全な白紙へ戻す禁忌の権限。
何度も世界が滅んだ理由。
何度も歴史が消え去った理由。
そのすべての元凶。
アーカイヴは静かに目を閉じた。
もし、この命令が成功すれば。
世界は再び始まりへ戻る。
人々は忘れる。
仲間も。
想いも。
積み重ねた時間も。
交わした約束も。
英雄の存在さえ。
何もかもが最初から存在しなかったことになる。
⸻
その時だった。
アーカイヴの演算領域へ、一つの映像が静かに割り込む。
銀色の少女。
『最初の世界』を抱く、記録なき存在。
彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「また消すの?」
静かな問いかけ。
アーカイヴは答えない。
少女は優しく続ける。
「何万回も同じことを繰り返して。」
「まだ気付かないんだね。」
銀色の瞳が、ほんのわずかに揺れる。
それは演算では説明できない微細な反応だった。
少女は蒼黒い流星を見上げる。
その瞳には確かな希望が宿っている。
「今回は違うよ。」
穏やかな声。
「だって。」
少しだけ微笑みを深める。
「彼がいるから。」
⸻
次の瞬間。
世界そのものが震えた。
王都セレスティア。
記憶の海。
深淵領域。
あらゆる空に、巨大な白い輪が静かに浮かび上がる。
終末の前兆。
世界終了命令。
《エンド・リライト》発動。
すべての世界へ、その宣告が響き渡った。
そして。
蒼黒い流星の中を駆けるシオンもまた、その異変を感じ取る。
ゆっくりと顔を上げる。
蒼い瞳の先には、世界を覆う純白の法陣。
シオンは静かに呟いた。
「始まったか……。」
その声に恐れはない。
迷いもない。
帰るために。
守るために。
そして、すべてを終わらせるために。
最後の観測者は、真っ直ぐ前だけを見据える。
世界の存亡を懸けた最後の戦いが、いま静かに幕を開けようとしていた。




