帰還阻止作戦
世界と世界の狭間。
蒼黒い流星となったシオンの行く手を、無数の白い扉が埋め尽くしていた。
その数は数百ではない。
数千でもない。
視界の果てまで続く純白の壁。
まるで世界そのものが、彼の帰還を拒絶しているかのようだった。
管理者たちは本気だった。
黒星王の帰還。
それだけは、どんな代償を払ってでも阻止しなければならない。
何万回ものループ。
何万回もの世界再構築。
そのすべてで管理者の計画を狂わせ続けた唯一の存在。
シオン・アルヴィス。
彼こそが、管理者にとって最大の異常だった。
無機質な声が世界の狭間へ響く。
『対象確認』
『黒星王』
『危険度──測定不能』
『帰還阻止作戦開始』
その宣告と同時に、白い扉が一斉に開いた。
無数の光が空間を埋め尽くす。
次の瞬間。
白い槍が出現した。
一本一本が空間そのものを削除する管理者兵装。
都市一つを消滅させるほどの力を持つその槍が、数万という圧倒的な数で展開される。
まるで白い流星群だった。
轟音とともに、それらは一斉にシオンへ降り注ぐ。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!
世界と世界の狭間が激しく揺れた。
空間が裂ける。
法則が軋む。
存在そのものが砕け散るほどの衝撃が広がる。
通常の生命なら、影一つ残らない。
だが。
蒼黒い光は消えなかった。
シオンは静かに立っていた。
蒼い瞳は、ただ真っ直ぐ前だけを見据えている。
「……邪魔だ。」
小さく漏れた一言。
その瞬間だった。
ドクン――。
黒星晶が脈打つ。
心臓と完全に重なる鼓動。
それと同時に、世界中から無数の想いが流れ込んできた。
忘れられた英雄。
消された歴史。
奪われた記憶。
それでも、なお彼を忘れなかった人々の想い。
そのすべてが黒星晶へ集まり、一つの力となっていく。
蒼黒い炎が爆発する。
《黒星解放》
轟音が世界を貫いた。
黒き衝撃波が四方八方へ広がる。
降り注いでいた白い槍は次々と砕け散り、光の粒となって消滅していく。
前線にいたAE軍団がまとめて吹き飛ばされた。
空間そのものが悲鳴を上げる。
先頭へ立っていたAE-01が、初めて一歩後退した。
『出力異常』
『黒星王因子増大』
『予測値超過』
『再計算開始』
だが、演算は追いつかない。
シオンは止まることなく、そのまま蒼黒い流星となって突き進む。
王都セレスティアまで、あとわずか。
ここで立ち止まる理由など、一つもなかった。
⸻
記憶の海。
ルナリアは突然胸を押さえた。
「……っ!」
身体が震える。
クロノがすぐに駆け寄る。
「どうした!?」
ルナリアの瞳が大きく揺れていた。
見える。
シオンが。
無数の白い光へ包囲されながら、たった一人で戦っている姿が。
「また……。」
涙が滲む。
「また無茶してる……。」
胸が痛む。
あまりにも彼らしい。
誰かを守るためなら、自分が傷付くことを迷わない。
最後には必ず、自分だけが犠牲になろうとする。
それがシオンだった。
クロノは苦笑する。
「相変わらずだな。」
その言葉にルナリアも小さく笑う。
涙を流しながら。
「本当に……。」
空を見上げる。
蒼黒い流星は先ほどよりもさらに強く輝いていた。
「負けないで……。」
小さな願い。
けれど、その想いは確かに世界を越えて届いていく。
⸻
同じ頃。
管理者神殿。
純白の神殿は静まり返っていた。
白い柱。
白い床。
白い空間。
その中心で、管理者アーカイヴだけが静かに蒼黒い流星を見つめている。
銀色の瞳へ、黒い光が映り込む。
『帰還率上昇』
『黒星王接近』
『危険度更新』
『危険度更新』
演算速度はすでに限界を超えていた。
未来予測が乱れる。
何度再計算しても結果は変わらない。
黒星王は帰還する。
その未来だけが繰り返し導き出されていた。
アーカイヴの表情がわずかに歪む。
その時だった。
背後から静かな声が響く。
「だから言ったでしょう。」
少女だった。
『最初の世界』を抱く、記録なき存在。
彼女は穏やかに微笑んでいる。
「人の想いは消せない。」
アーカイヴは振り返らない。
それでも銀色の瞳は静かに揺れていた。
少女は続ける。
「あなた達は何度も消した。」
「何度も忘れさせた。」
「何度も世界を書き換えた。」
穏やかな口調。
しかし、その言葉には重い現実が込められていた。
「それでも、人は覚えていた。」
アーカイヴは沈黙する。
少女は蒼黒い流星を見つめた。
その眼差しは、どこか懐かしく、優しい。
「だから彼は。」
小さく微笑む。
「最後の観測者なんだよ。」
⸻
世界と世界の狭間。
AE軍団の包囲はさらに厚みを増していた。
白い門が次々と開かれる。
新たな執行官。
新たな兵装。
終わりの見えない白い軍勢。
だが。
その光景を前にして、シオンは小さく笑った。
「本当にしつこいな。」
AE-01が一歩前へ出る。
『帰還は許可されない。』
『存在修正を執行する。』
シオンはゆっくりと剣を構える。
その瞳には、もう迷いはなかった。
静かに口を開く。
「断る。」
その一言だけだった。
ドォォォォォォォォォォォォォン!!
蒼黒い光が世界を飲み込む。
黒星晶。
観測者の力。
世界中から集まる人々の想い。
そのすべてが一つとなり、爆発的な力へ変わる。
AE軍団の隊列が崩壊した。
無数の白い扉が音を立てて砕け散る。
そして。
シオンの視界へ、ついに映る。
王都セレスティア。
遥か彼方に広がる懐かしい空。
見慣れた街並み。
帰るべき場所。
蒼い瞳が大きく見開かれた。
「……見えた。」
あと少し。
本当にあと少しだった。
だが、その瞬間。
王都の上空に巨大な白い法陣が展開される。
空全体を覆い尽くす、管理者最大級の術式。
世界そのものを封鎖する最終防衛機構。
AE-01が静かに宣告した。
『最終作戦開始。』
『黒星王帰還阻止計画。』
『フェーズ・ゼロ起動。』
その言葉と同時に。
世界が大きく震えた。
王都セレスティアの夜空は、ゆっくりと白く染まり始める。
英雄の帰還を阻む最後の壁が、静かにその姿を現していた。




